【ニナ】
【ニナ】
「ディル、目を覚まして」
彼の体は火のように熱かった。
額から汗が吹き出ている。
(あぁ.......。どうしよう。
ディルはゴーレムとの戦いで怪我した身体がようやく治ったところだったのに)
「ん.......」
ディルが眉をしかめて、うなった。
そして目を開ける。
「ディル!!」
お兄ちゃんや、アリッサも心配そうにディルの顔をのぞきこむ。
「ディル.......あっ!!目が.......目が赤い」
お兄ちゃんが、ディルの目を見てそう言った。
「ほんとだわ。目が赤くなっている。
ディル、大丈夫?気分は......」
「大丈夫だ......少し、まだ体が熱いけど」
ディルはそう言うと、フラッと立ち上がった。
「俺は火の魔法使いになれたのかな?」
ディルは自分の手をじっとみて、それから私に視線をうつした。
「分からないわ。でも......赤い玉は、あなたの中に入っていった」
私は彼を支えながら、答える。
「体を休めるんだ。少し様子を見よう」
お父様がディルの肩を叩きながら言った。
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ディルの目は赤いままだった。
彼のきれいな碧眼は、どうやら失われてしまったらしい。
でも私は彼の赤い瞳もすぐに好きになった。
ディルは、
「魔力を使ってみたい」
と言った。
「だめよ、もう少し体を休めないと」
「いや、トマスがこの国にいるうちに、魔法の訓練を受けたいんだ」
ディルはそう言って聞かなかった。
私とお父様の立ち会いのもと、ディルの魔法の訓練が始まった。
最初は小さな炎しか起こせなかったけど、彼はどんどんコツをマスターしていった。
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「ニナ.......俺の目はまだ赤いよな?」
ディルが川の水面に自分の顔をうつして、じっと見ている。
「赤いわよ?どうして?」
私とディルは訓練を一休みして、森に散歩に来ていた。
「まだ自信が持てないんだ。
火の魔法使いになれたっていう確信が持てない。
いつの日か、また青い目の普通の人間に戻ってしまうんじゃないかと思ってしまう。
赤い玉がスルリと俺の中から逃げ出してしまいそうな気がするんだ」
「.......」
ディルの横顔をじっと見る。
彼がそんなことで不安を感じているなんて、思ってもみなかった。
いつも強気で前向きな彼らしくない発言だった。
でも......。
不安に思う彼の気持ちが、私にはよく分かる。
私も少し前まで、魔法使いである自分を否定し、能力を封じ込めていたから。
自分に自信がなかったし、自分は「母を死なせた悪い子」だと思っていたから。
その気持はまだ、少し引きずっている。
でもディルと一緒にいることで、私は少しずつ、自信を取り戻してきていた。
私は大丈夫。
彼と幸せになれる。
幸せになっていいんだ。
だってこんなに愛しているのだから。
ディルにも自信を持ってほしい......そう思った。
「ディル、大丈夫よ」
私は川をのぞき込むディルの腕を、そっと引っ張った。
彼は私のほうに視線をうつす。
「大丈夫。もしもディルが人間にもどっても、私はあなたを愛し続けるわ」
「ニナ......」
ディルは赤い瞳で私をじっと見つめ返した。
「でも、人間に戻ったら、俺はニナよりも速いスピードで年を取っていく。
シワシワのじーちゃんになるんだよ。そのあげく、先に死んじまう」
「ディルが先に逝ってしまったら、きっと私は寂しくて毎日、泣いて暮らすわね......」
彼の頬をなでた。
「でもね。それでもいい。
たとえそうなっても、短い間でも、あなたと一緒にいたいのよ」
ディルが私の方に身を寄せる。
そしてそっとキスをしてくれた。
「ニナ、愛してる」
耳元でささやく。
「俺がさきにシワシワのじーちゃんになっても......それでもニナは俺を愛していてくれる?」
ディルが私の目をのぞき込んだ。
「もちろんよ!
見た目なんかどうでもいいのよ。
私はあなたを愛し続ける。
当たり前じゃない」
「ニナ......結婚しよう」
ディルが私の耳にキスをしながらそう言った。
「嬉しい......」
私は彼に抱きついた。
ディルが私の手に指をからませて、ギュッと握った。
思わずドキッとして彼の顔を見る。
彼が首をかたむけてきて、顔を近づける。
目をつぶって彼のキスを待った。
でも彼のくちびるの感触が、いくら待っても無かった。
「?」
不思議に思って目を開けると、彼は私の顔をじっと見ていた。
「ディル......?」
「ニナ......可愛いな。
キスを待っている顔がめちゃくちゃ可愛い」
ディルはそういうと、私のくちびるを親指でなぞった。
「......ひどいわ」
私は彼の腕をつねった。
「もう......いじわるはしないで」
私はそう言うと再び目を閉じた。




