【ディル】
「金貨は持ってきた。
ニナはどこだ」
相手に見えるように金貨の入った革袋を高くかかげた。
深夜の白夜の森.......中央。
月明かりに照らされた広場。
俺の正面......数十メートル先には、フードを深く被った男が一人ぽつんと立っている。
白夜の森の中央部は、樹木の無い荒れ果てた土地になっている。
数年前に起きた戦争の爪痕だ。
戦いに呪詛が使われたため、土壌が地底から汚染されているのだ。
ここに草木が生えてくることは、今後も無いらしい。
「袋の中身を確認したい」
フードの男が言う。
「金貨の枚数が足りなかったり、偽物だったりすれば、仲間がお前と女を必ず殺す」
「ちゃんと100枚入ってる!
そっちもニナの無事な姿を見せろ」
「分かった。少し待て」
フードを被った男は、手を挙げて合図した。
男の背後から、ニナが引きずられるように連れてこられるのが見えた。
「ニナ!!」
彼女は手を縛られて、しかも猿ぐつわをされている。
遠目で表情まで見えないが、間違いなくニナであることが俺には分かった。
「金貨をよこせ。本物かどうかを確かめる」
男はニナの首元にナイフをあてがうと、俺に怒鳴った。
「言う通りにしないと、女を殺す」
「......ダメだ。
金貨を渡せば、彼女が戻ってくるという保証はなくなる。
まず金貨の三分の一を、そっちに投げる。
それをみて本物かどうか確かめろ」
俺はそう言うと、あらかじめ用意しておいた別の袋に金貨を少し移し替えた。
そして、その袋を敵の方へと思い切り投げる。
敵の一人が、地面に落ちた袋に走り寄り、拾い上げた。
「どうだ......金貨は本物か?」
「本物です。30枚入ってます」
「残りの金貨が欲しければニナをこちらによこせ」
俺はなるべく落ち着いた声で、相手に向かって叫ぶ。
本当は、今すぐにでも、相手を斬りつけ戦いを始めたいくらい焦っていた。
「......いいだろう。
ゆっくり歩け、走るなよ」
男はニナの背中を乱暴に押した。
ニナはビクッとして身体を揺らすと、ゆっくりと歩き始めた。
一歩、一歩、俺に向かってニナが歩いてくる。
「ニナ......。大丈夫だ」
俺は微笑んで彼女を安心させようとする。
ニナと俺の視線が合う。
彼女は涙を浮かべて、何かを訴えようとしていた。
猿ぐつわをしているため、声は出ない。
彼女は、視線を俺の背後に向ける。
(俺の背後に敵がいる......そうなんだな、ニナ)
彼女の表情からそれを読み取った俺は、素早く背後を振り返りながら剣を抜いた。
背後から5人の男が忍び寄ってくるのが見えた。
男たちは手に剣を構えている。
(弓矢じゃない......予想通りだ)
誘拐犯たちは、ニナを傷つけたくないんだろう。
つまり、彼女を殺すつもりはない。
身代金を受け取ったあと、彼女を生きたまま奪い去るつもりだ。
その証拠が弓矢を使ってこないこと。
弓を使えば、ニナに当たってしまう可能性が高い。
たった5人で俺を倒す気か?
バカにされたもんだな。
カシーン!!
剣と剣がぶつかりあった。
一人の男の肩を斬りつけながら、足で蹴り倒す。
背後からの敵の攻撃を避けながら、相手の腹を斬りつける。
5人の男はどいつも訓練された兵士ではない。
街の荒くれ者。
楽勝だった。
「なにしてる!?
早く、その兵士から金を奪え!!」
フードの男が遠くから叫ぶ。
視線をむけると、フードの男はニナを羽交い締めにして連れ去ろうとしていた。
「ニナ!!」
5人の敵のうち、4人を倒した。
残り一人は、怯えて腰を抜かし、震えている。
放っておいても逃げ出すだろうが、念のため頭を強く殴って気を失わせておいた。
フードの男が片手を高くかかげているのに気づいた。
(なんだ?)
細かく口を動かし、何かを唱えている。
フードの男の背後から、地響きがする。
ド、ドドドド
(つ、土が盛り上がっていく......)
男の背後の土の塊が、徐々に盛り上がり、ヒト形になっていく。
土埃と地響き......そして悪臭。
「ゴーレムだ!!」
噂でしか聞いたことがない。
巨大なゴーレム。
呪詛を含んだ汚れた土壌から、呼び覚まされた、いにしえの魂......。
「ゴーレムを使うとは......お前は魔術師なのか!?」
「ハハハ、違う。
この土地を汚染した魔術師からゴーレムの支配権を買い取ったのだ。
俺は、この女の火の魔力も、我が物にする」
フードの男は俺のほうに向かって指を指すと、
「行け!!あの男を踏み潰すのだ」
とゴーレムに命令する。
ゴーレムはデカいわりに、動きも素早かった。
大股で素早く動くと、ドシン!!とものすごい音を立てて、足を踏み鳴らす。
まずい、踏み潰される。
俺は慌てて、身をかわした。




