【ニナ】.【ディル】
【ニナ】
「あと数時間後......白夜の森に、お前を連れて行く。
身代金の交換を行うんだ。
まぁ、実際は、お前は渡さずに金だけもらうんだがな」
ボスはそう言うと、ヒヒヒと下品に笑った。
目の前が真っ暗になる。
「それまで牢屋で休んどけ!」
ボスはそう言うと、酒瓶をラッパ飲みし始めた。
私は、牢屋に戻された。
赤毛の女性が私のほうに駆け寄る。
「何かされた?大丈夫?
それにケントは?
彼も連れて行かれたけど」
あの首を切られた青年。
死の間際の表情が今でも目に焼きついている。
彼は........
「本物のトリリアーノ家の長男、ケントじゃない。
こいつはただの下男なんです。今、発覚しました」
と言われていた。
屋敷で働くただの下男なのに、人違いで誘拐されたんだわ。
でも「人違いだ」と言い出せば、自分が殺されることを知っていて、黙っていたのだろう。
でも......結局、バレて殺されてしまった。
あの「ボス」と呼ばれる男は、血も涙もないわ。
不要だと思えば、ゴミみたいに人の命を奪う。
私もこのままだと、何をされるか分からない。
ゾッとして、身震いする。
「ねぇ、あなた大丈夫なの!?
ケントは?彼はどこに連れて行かれたの?」
赤毛の女性がしつこく聞いてくる。
「私は、大丈夫。
……彼は……彼もきっと大丈夫よ」
赤毛の女性に「彼は殺されてしまった」なんてとても言えない。
彼女はただでさえ落ち着きなく、パニックにおちいっている。
私は、冷たい床に座り込むとため息をついた。
きっとお父様が死ぬほど心配しているわ。
お父様は魔法が使えない私を、心底心配していて手放そうとしない。
そして私自身も、お父様のそばを離れるつもりはなかった。
なぜなら、お母様が亡くなられたのは、私のせいだからだ。
お父様は、お母様を失い、言葉では言い表せないほどのショックを受けていた。
何年も笑顔を見せてくれないほどだった。
お父様のお側で支えていくのが、私にできるせめてもの償い。
それに、私まで、屋敷を出ていけば、お父様は孤独になってしまう。
ずっとお屋敷で過ごそう。
私は、そう思って生きてきた。
……でも。
ディルに出会って。
彼のそばにいたい。
屋敷に戻りたくないと私は初めて思った。
彼と離れたくない。
彼と添い遂げたい。
アリッサとお兄ちゃんみたいに。
ディルに会いたい!!
激しい思いが胸に燃え上がる。
私は両手のひらをじっと見つめた。
火の魔法が使えれば……。
そうすれば、みんなを逃すこともできるのに。
精神を集中し、念を込めて火を起こそうとしてみる。
......何も起きないわ。
やっぱりダメ。
私は弱い。
魔法使いでもなんでもない。
できそこない。
母親を巻き込んで死なせたヒドい娘......。
しかも今......勝手な行動をして、悪党に捕まってしまい、父親に心配をかけている。
とんだ親不孝者。
泣きたくないのに、どうしても涙が流れ落ちる。
懸命に流れ落ちる涙をぬぐった。
………………………
【ディル】
白夜の森は、不気味に静まり返っていた。
暗い闇があたりを包み視界が悪い。
馬車道は木が刈り取られ、月明かりが道を照らしていたので、なんとか進むことができる。
トマスとレンが率いる精鋭部隊10数人が、森を囲うように身を潜めているはずだった。
敵に見つからないように俺を援護してくれている。
だが実際に、白夜の森の中央に行くのは、俺だけだ。
「兵士一人で来い」
それが敵の条件。
それを守らなければ、ニナの命が危うい。
ニナ......待ってろよ。
きっと連れ戻す。




