レン・ウォーカーとアリッサ
俺はアリッサの枕元で、まじないの言葉を唱え続けた。
何時間も。
何時間も。
(どうか、彼女を死の淵から救ってくれ)
「う......ん......」
ベッドの上の彼女が苦しそうにうめいた。
「アリッサ......具合はどう」
彼女の手をにぎった。
「苦しいよ、レン」
彼女の、ひたいの布を取り替える。
さっき冷水で冷やしたばかりの布は、もうぬるくなっていた。
手で触ると、ひたいは燃えるように熱かった。
「お願いだ。
元気になって」
彼女の手を自分の頬に押し当てた。
可愛い可愛い、俺のアリッサが高熱にうなされていた。
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アリッサはある日とつぜん、俺の支配する闇の森にやってきた。
まだ12,3歳くらいの子どもだった。
両親とはぐれたのか。
きれいな布の衣服を身に着けていたので、高貴な身分の娘だと思う。
そんな娘がなぜ、闇の森へ迷い込んだのか。
「どこからきた?」
「親はどこだ?」
質問攻めにしたけど、彼女は首を横に振るだけ。
自分の名前が「アリッサ」だということ以外は、忘れているようだった。
なにかショックなことがあって記憶を無くしたのかもしれない。
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闇の森の魔法使いである俺は、周辺の村や街の住民から恐れられていた。
でも記憶をうしなったアリッサは俺を怖がったりしなかった。
「レン!崖の近くにきれいな花が咲いていた!」
「崖のちかく!?
落ちたらどうするんだ!危ないよ」
ゾッとして、アリッサを振り返った。
彼女は小さな手に、真っ白なきれいな花をたくさん持っていた。
だが俺の鋭い口調にびっくりして下を向く。
「......ごめんなさい」
しょんぼりした声で言う。
俺のために、危険を犯して花を摘んできてくれたのだろう。
「レン。怒ってる?」
アリッサは不安そうに俺の顔を見上げた。
「違うよ。アリッサが心配だっただけ。
とってもきれいなお花だね!テーブルに飾ろうね」
彼女を抱きしめると、お花を受け取った。
アリッサは嬉しそうにパッと笑顔を見せた。
その笑顔はどんな花よりもきれいだった。
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「アリッサ。
これを持っていて欲しい」
「なぁに?レン?
......きゃあっ」
アリッサは俺の手渡したものを見ると、驚いて放り投げてしまった。
「アリッサ?」
「ごめんなさい。レン。
びっくりしたの」
アリッサに渡したのは、干からびたトカゲだった。
珍しい種類のトカゲで、身を守るお守りとして有名なものだった。
「ご、ごめん。
トカゲなんか気持ち悪いよな。
でも、危険から身を守るお守りなんだ......すごく効くんだよ」
アリッサは床に落ちたトカゲを、震える手でつまみあげた。
「ありがとう。
大事にする......いつも持ち歩くよ!」
「無理すること無いよ」
俺が慌てて言うと、アリッサは激しく首を横に振った。
「宝物にする」
彼女はトカゲを両手でそっと包んだ。
「アリッサ......」
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ある夜のことだった。
俺の寝室のドアを叩く音がする。
「レン......レン、起きてる?」
「アリッサ?」
ねぼけながら、寝室のドアを開けた。
アリッサが涙を流しながら、ドアの外に立っている。
「どうした?」
びっくりして、アリッサの涙を拭いてやった。
「怖い夢を見たの。
たぶん、記憶を無くす前の......」
「怖い夢か。
すぐに悪夢を追い払うまじないをするから......」
そう言うと、アリッサは急に俺に抱きついた。
「レン。一緒に寝て欲しい」
「えっ......」
アリッサのことは好きだった。
だけど、俺は魔法使い。
彼女は人間。
種族が違う。
それに、寿命も......。
俺は見た目はアリッサと同年代くらいだが、すでに100歳を超えていた。
「だめだよ。一緒に寝るなんて」
「だって怖くて眠れない」
アリッサは震えながらそう言った。
ほんとに怖いみたいだった。
「それじゃ、アリッサが眠るまで見ていてあげるから」
「ほんと。一人にしないでね」
アリッサの部屋で、ベッドに横になって目を閉じる彼女をみつめた。
月明かりに照らされてきれいな寝顔だった。
(かわいいな。
俺にとっては娘みたいなもんだ)
彼女の髪をやさしくなでる。
「レン......」
アリッサは、薄っすらと目を開けると微笑んだ。
安心したようにねむりについたのだった。
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アリッサとの思い出が浮かんでは消える。
彼女と過ごした日々は、俺の長い人生のなかでも、宝物のような日々だった。
そんな俺の大事なアリッサが、高熱にうなされている。
熱はもう何日も続いていた。
「流行り病なのか。
それにしては熱が下がらない......。
このままだと、体力の消耗も激しい」
苦しそうにあえぐ、アリッサを見つめながら部屋をウロウロといったりきたりした。
街で売られている薬草も試した。
有名な医師を脅して連れて来て、診てもらった。
でも、改善が見られない。
自分の魔力を最大に使って、祈りを捧げたり、いけにえを捧げることもした。
それでもアリッサの熱は下がらなかった。
「どうしよう」
アリッサを失ったとしたら......。
想像するだけでもゾッとする。
いままでは孤独を好んで生きていたけど。
アリッサと出会って、人の温かさを知ってしまった。
彼女を死なせたくない。
アリッサの小さな手を握った。
彼女の手は火のように熱かった。