68 K-POP
登場人物
・柊響(ひびきちゃん)中一女子
・久保田友恵(トモちゃん)柊響の同級生で友だち
※今回からトモちゃん視点に変わります。
わたしはこれまでだいたい毎日、ひびきちゃんと二人で家に帰っていた。
ひびきちゃんはあいかわらず芸能人やクラスメイトの恋バナには無反応だったので、そういう話はしないようにした。音楽好きなのは知っていたので、わたしは自分なりに音楽の勉強をした(といってもサブスクのTOP 100 を聴き漁るくらいだが)。
わたしは長い期間をかけて「これどう?」「これどう?」と連呼することで、ひびきちゃんの音楽の趣味を探った。分かったのは、アイドルや K-POP には無反応だということ。しかし曲調が K-POP とそっくりなジャスティン・ビーバーはOKなのだと言う。
なぜ? と尋ねたら、ひびきちゃんは、ちょっと座ろうか、と言った。そしてわたしたちは川沿いの大きな桜の木の下にあるベンチに移動した。その日は梅雨が明けたばかりの蒸し暑い日で、木陰には誰もいなかった。わたしたちはハンドタオルで汗を拭って水筒の水を口に含んだ。
ひびきちゃんはこう答えた。
「あたしが K-POP が嫌いなのはね、確立されたルッキズムとの距離の大小でアーティストの価値が決まるという、そんな人間をバカにしたシステムを K-POP が前提としているからなの。そういうのって、なんか画一的な工業製品みたいで、ただひたすら気持ちが悪いの。そしてね、疑似恋愛のムードを高めることだけに特化した音楽なんてのも、まったく音楽をバカにしていると思うからなの」
「そう……」
わたしはときどき、この人の頭脳はどうなっているのか、とため息が出そうになる。
「ひびきちゃんは、どうしてそんなムズカシイ言葉がポンポン出てくるの?」
「最近この手の本をよく読んでるから、それが移っちゃうんだ。いやあ、恥ずかしい」
きっとムズカシイ本なんだろうな。どうせわたしには読めそうもないので、本の名前は訊かなかった。
ひびきちゃんは話を続ける。
「K-POP の人とかはみんなきっと、ダンスや音楽で自己表現することを志して芸能界入りしたんだと思うんだよ。なのに自分を押し殺すことばかりやらされてるから、韓国の芸能人はすぐ自殺するんだよ。トモちゃんもさ、韓国の芸能人って自殺しすぎって思わない?」
「うーん、そうかも」
とは言ったものの、わたしはなんにも考えていなかった。わたしにとって異国の芸能人の自殺は、あくまでその人、その国の特殊事情により生じたことであって、自分とはなんにも関係のないことだった。
いいや、そうではないよ、とひびきちゃんなら言うだろう。
K-POP を心地いいと感じる自分が、サブスクで K-POP を聴くことにより、とてもわずかな額だけれど、サブスク会社から芸能事務所へ視聴料が支払われる。そしてそのお金が自殺を生み出す構造を温存する。だからわたしはまったく無関係なのではない──。
しかしそんなことをいちいち気にしていたら、わたしは身動きができなくなっちゃうよ。
「でもね、ジャスティン・ビーバーは違うんだ。アプローチが K-POP とは真逆なんだよ。あの人は既存の秩序に盾つきながら、横暴なまでの自己表現によって、ああいうテイストの音楽を無から創造した人なの。ジャスティン・ビーバーは本物。だからOK」
「そうなんだ。……でも、ちょっと理屈っぽくないかな」
わたしは恐る恐るそう反論してみた。しかしひびきちゃんの答えは明快だった。
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