表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第五章 式波里砂と柊響
60/334

59 前進

登場人物

・柊響(ひびきちゃん)中一女子

・バンド〈デッド・ムーン〉メンバー

 ・りさりさ(式波里砂)(クール担当、ベース)

 ・えりな(谷絵里奈)(顔面担当、ドラム)

 ・ホリー(堀井千代子)(びびり担当、ギター)

挿絵(By みてみん)



「ホリーはどうなの?」と私は尋ねた。

「え? どうって……」

「ひびきちゃんなんか現れなかったらよかったのに、ってホリーは思わないの?」

 私がそう言い終えると同時に、

「りさりさッ!」

 えりなが両手で机をバン!と叩き、ものすごい剣幕で怒鳴った。

「今度そんなこと言ったら張り倒すからな!」


 弟の岳が最悪のタイミングで紅茶を持って入ってきた。

「姉ちゃん」

「お、ありがと」

「じゃ」

「ああ」

 おしゃべりの岳は何も訊かずに二階の自室へ引っ込んでいった。


 私は少し震える手でティーポットを持ち、三つのティーカップへ、こぼさないよう慎重に紅茶を注ぐ。

 そして二人の前に無言でカップをそっと置く。

 なのに、こんなときですらオレンジペコの香りは芳しい。

 あまりに場違いな、力強い高貴な香り──。

 えりなは懸命に怒りを鎮めようとしている。ホリーは動揺して目が泳いでいる。

 私たちは義務のように無言で紅茶をすすった。


「ごめんよ」

 私のせいで重苦しい空気にしてしまった。

 えりながあんなに怒るなんて思いもしなかったんだ。


「えりなはひびきちゃんのことが好きだったんだね」


 私がそう言うと、えりなは私をキッと睨んだ。


「あーもう、もう、もう、もう!」

 えりなが顔を歪め、髪をかきむしる。

「りさりさの……」

 えりなはそこで口をきゅっと閉じると、立ち上がって

「ちょっとお庭を見てくる!」

 と言い放ち、部屋を出ていった。

 私はどうしたらいいのかさっぱり分からないまま、ただじっと座ってえりなの背中をむなしく目で追った。


「ねえ」とホリーが声をかけた。「紅茶おいしいね。ティーバッグとはぜんぜん違う」

「ごめん……」

「岳ちんにあとでお礼言っといて」

「うん、わかった」

「りさりさ」

 ホリーは優しい声で私の名前を呼んだ。

「えりなちゃんはね、最近とってもいい人なの」

 最近?

「あたしたちが後ろを向いてると、今は前だけ見ろ、って本気で怒ってくれるの」

 ああ、だから怒ってたのか。

 〈好き〉とか〈嫌い〉でしか物事を考えられない自分の間抜けさをホリーに見られて、私は心底恥ずかしかった。


 〈ひびきちゃんなんか現れなかったら〉なんて考えても、ひびきちゃんが現れた過去は変えられない。文化祭以前の私たちを美化しても不毛なだけだ。今の私たちは、美化された過去へ後退するのではなく、危うくなった現在から前進しないといけないのだ。

 とくに私は、なんとしてでも。


「もしかして、ホリーも怒られたの?」

 私は尋ねてみた。

「うん、そうだよ」

 ホリーは明るくそう言った。

「もう吹っ切れたの?」

「ぜんぜん。だからあんまり触れないでほしいんだ」

「……ごめん」

「りさりさ」

 そう言ってホリーは私の肩をポンポンと叩いた。


「あたしはりさりさが大好き」

「あたしもホリーが好きだよ」

「だから絶対に一緒の高校に行きたい。別々の高校なんて絶対に嫌だ。もしそんなことになったら、あたしはりさりさを絶対に許さない」

「がんばるよ」

「がんばるのは当たり前よ。ただがんばるだけじゃなくて、りさりさには成績を上げる義務があるの。その義務を果たすためには手段を選んじゃダメ。好きとか嫌いとか、そんな寝言を言ってちゃダメ」

「うん」

「お願い、成績を上げて。一緒にいたいの」

「あたしも一緒にいたいよ」


 ホリーは右手を、ベースの弾きすぎでタコだらけの私の左手に重ねた。

「えりなちゃんが戻ったら、考えを聞かせてほしい」

 このとき、私には確かにホリーが輝いて見えた。この人にはもう、恥ずかしい自分を見られたくない。

「うん、わかった」

※ ★の評価や〈いいね〉、感想をひと言いただけると励みになります。よろしければご協力お願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  • ★の評価や〈いいね〉、感想をひと言いただけると励みになります。よろしければご協力お願いします。
  • なろう非会員の方は X(twitter)の固定ツイート へ〈いいね〉やコメントしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ