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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第一章 柊響と早川貴子 その1
5/334

5 キーちゃんの歌声

登場人物

・柊響(ひびきちゃん)中一女子

・早川智子ちこ(チーちゃん)中三女子

・早川貴子きこ(キーちゃん)高三女子で早川智子の姉

挿絵(By みてみん)



 キーちゃんから自主制作CDを二枚いただいた。

 一枚いくらで売っていたんですか、とわたしが尋ねると、どっちも二千円、とキーちゃんは恥ずかしそうに答えた。

「はじめはね。でもあんまり売れなかったから、千五百円、千円、って値下げしていったの。それでもこんなにあまっちゃって」

 売れ残りのCDは五〇枚くらいあった。

「すいません。いま四千円もっていないので、とりあえず三千円お支払いします」

「いえいえ、いいのよお金なんて。ただでもらって」

 キーちゃんがニコニコしながらそう言うので、わたしはムッとした。

「歌でご飯を食べようとする人が、自分の歌を安売りしてはいけません。わたしは意地でも四千円支払いますからね」


 わたしは家に帰るとさっそくヘッドフォンでCDを聴いた。

 一枚はピアノ・トリオをバックにしたジャズのスタンダード・ナンバー集で、もう一枚はピアノと弦楽四重奏をバックにした童謡集だった。キーちゃんの歌声を気に入ったスタジオのオーナーが、知り合いの楽器演奏者に声をかけて実現したもので、高校生のキーちゃんに持ち出しはなかったという。


 結論から言うと、わたしは号泣した。


 しかしわたしがこんなに涙にまみれるのは、わたしがキーちゃんをじかに見知っていたからであり、根っからの優しい笑顔、自信が持てず不安を拭えない弱さ、かたくなに地元に固執する臆病さをを知った上で、あの情感たっぷりの歌声を聴かされたからだ。


 キーちゃんは東京なんかに行かなくていい。

 実家で両親に守られた現在の状態で、もうすでにギリギリなのだから。

 キーちゃんの歌声は、ギリギリの人だけが出せる歌声だった。


 わたしはすぐにでもキーちゃんに謝りたかった。

 地面につくくらい頭を下げたかった。


 わたしは電話をかけた。

「チーちゃん、夜遅くすみません」

「どうしたの?」

「明日、貴子さんはいますか?」

「いるけど」

「貴子さんに謝りに行きたいんです」

「謝るって、何を?」

「東京に行け、って言ったことです」

「ああ、あれね。……まあ、おまえの言うことにも一理あるけどな」

「撤回します。貴子さんは東京へ行ってはダメです。少なくとも今は」

「今は、ね」

 たぶん今、チーちゃんとわたしは同じようなことを考えている。

「まあ、無理強いはよくないよな。とくにうちのキーちゃんは」

 チーちゃんは多くを語らなかった。

 わたしも尋ねる必要を感じなかった。

「来てもいいけど、あんま気にすんな」

「ありがとうございます」


「おまえさ、なんか、生き急いでる感じがするよ」

「すいません」

「放課後ウチの教室に来な。いっしょに帰ろう」

「はい」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 そう言ってわたしは電話を切った。


 わたしはまたチーちゃんに抱かれたくなった。

 チーちゃんに抱かれながら、キーちゃんを抱きたくなった。

 私はクマのぬいぐるみの顔を股の間に押し付け、目を閉じ、チーちゃんのやれやれ顔を想像しながら激しく動かした。チーちゃんは年上だったので罪悪感は感じなかった。

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