4 早川姉妹
登場人物
・柊響(ひびきちゃん)中一女子
・早川智子(チーちゃん)中三女子
・早川貴子(キーちゃん)高三女子で早川智子の姉
小島麻由美の楽曲のギターにはエフェクトがほとんどかかっていないので、ごまかしがいっさい効かない。前任者のギターはこれに音を上げてしまったのだという。痴話喧嘩ではなかった。女子の噂というものは本当に始末におえない。
わたしの技量では完コピはとうてい無理なので、カッティングだけはしっかりやって、それ以外はだいぶやさしく改変した。
もちろんそんなことに気づいた人はいないだろう。チーちゃんのボーカルが圧倒的に素晴らしかったからだ。
小島麻由美のことを知っている中学生はたぶん会場に五人もいなかっただろうが、チーちゃんの艶やかで憂いを帯びた歌声にライブは大盛り上がりだった。
わたしは小さなチーちゃんに抱かれたいと思った。
文化祭の後、わたしたちバンドのメンバーはチーちゃんの家(10LDK)で打ち上げをした。その席でわたしはチーちゃんの三つ上、わたしからは五つ上の姉・早川貴子さんを紹介してもらった。
当時高校三年生。尖んがった妹とは正反対の、ゆるふわ系の穏やかそうな大人っぽい女性だった。しかし彼女もまた物凄い歌を歌うことをわたしは後に知った。
「ひびきちゃん、一年生なのにすごい腕前だったね。小さいころからやってたの?」
文化祭来てたんだ。
「ええ、両親とも趣味でバンドをやっていて、それでなんとなく」
「すてきなご両親ね」
「ありがとうございます」
キーちゃんは良家の子女すぎて、わたしまで良家の子女になってしまいそうだ。
「貴子さんは高校卒業後はどうされるんですか?」
わたしは尋ねた。
するとキーちゃんは少し言いにくそうな顔をして、こう言った。
「アルバイトしながら、歌を続けようと思ってるの」
「東京に出られるんですか?」
「いえ、それはお金がかかりすぎるから、富山や金沢でがんばってみるつもり」
「失礼ですが、それで本当にプロになれるんですか?」
するとキーちゃんは言葉を詰まらせた。
「おいヒラギノ!」とチーちゃんが怒鳴った。当然だ。
「柊です」
「ケンカ売ってんのか? キーちゃんをバカにしたら許さねえぞ!」
顔に出ていたのだろう。たしかにわたしはその非合理的なプランを内心バカにしていた。
「プロのスカウトは東京にいるんです。だから東京で歌わないとスカウトされないんです」
「な、なるほどな……」
チーちゃんは拳を下ろした。
……。
少しの沈黙の後、キーちゃんが戸惑いがちに口を開いた。
「ねえひびきちゃん、YouTubeで世界中に配信、っていうんじゃだめなのかしら?」
「貴子さんは、YouTubeのライブ映像を見て魂を揺さぶられた経験はありますか?」
「えっ……」
「予算かけ放題のトッププロの映像ならともかく、ホームビデオのようなカメラワークと音響では、どんな音楽の天才でもスカウトを感動させるのはムリだと思います」
すると早川姉妹は口をつぐんでしまった。
「貴子さんの歌はどこで聞けますか?」とわたしは尋ねた。
社交辞令ではない。あのチーちゃんが絶賛する歌声とはどんなものか、わたしはふつうに興味があったのだ。
※ 富山県は家の広さが日本一の県なので、10LDKがとくべつ広いわけではありません。
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