3 偏差値80
登場人物
・柊響(ひびきちゃん)中一女子
・久保田友恵(トモちゃん)柊響の同級生で友だち
・早川智子(チーちゃん)中三女子
・早川貴子(キーちゃん)高三女子で早川智子の姉
「一番頭のいい高校ってどこだろ?」
「中部高校じゃね?」
「いや、全国で一番の高校はどこかな、って」
「女子校なら櫻葉学院でしょ」
昼休み、ガッちゃんたちが向こうの窓際で話している。ガッちゃんは勉強熱心な図書部の女子で、図書部に入ったのも本が好きだからではなく、国語の成績を上げるためだと公言している。そんなガッちゃんはやたらとわたしをライバル視してくるのでちょっと苦手だ。
まあ、わたしは大抵の人が苦手なのだが。
「ねえトモちゃん、櫻葉学院って知ってる?」
「なーん、知らんちゃ」
「あたしも」
わたしはスマホで検索してみる。
「偏差値80だって」
「狂ってるね」
狂ってる──それは何者でもないわたしたちにとって最高の褒め言葉。県外には狂った学校もあるんだな。狂った学校だったら、もしかしてわたしの居場所もあるのかな。
わたしは櫻葉学院のウェブサイトのコンテンツを順に見ていった。
「東京だって」
「じゃあ無理だね」
だが、わたしは構わずサイトを読み耽った。
「寮があるんだって」
「へえ」
「部活動も盛んなんだって」
「ふうん」
トモちゃんが完全に興味を失っているのは明らかだった。あとでゆっくり見よう。
「トモちゃん」
「なに?」
「ライブ行かない? 十一月三日、文化の日」
わたしには五歳上のとくべつな友だちがいる。
早川貴子さん。
美しい声で歌を歌う人。
わたしは、キーちゃん、と呼ばせてもらっている。
九月の中頃のこと、一年生の私たちの教室に、三年生がガールズバンドのメンバーを探している、という話が漏れ聞こえてきた。文化祭まであまり日がないというのに、なんでも痴話喧嘩でメンバーの一人が抜けてしまったのだそうだ。
一年生のところまでそんな話がくるなんて、よっぽど切羽詰まってるんだろう。
──どんな曲やるんだろ?
──小島麻由美って人だって。知ってる?
「わあ、びっくりした! どうしたの急に立ち上がって」
「……あ、ごめんトモちゃん」
わたしは小島麻由美のことを知らない同級生の元に歩いて尋ねた。
「ねえ!」
「うわっ、ひ、柊さん、どうしたの?」
「三年生の人のこと教えて」
わたしは大急ぎで給食を掻き込むと、二階上の三年一組の教室へいっきに駆け上がった。
間に合った。三年生はまだ食べている。
わたしは急な運動と緊張でクリームシチューを吐きそうになっていた。
ちょうど教室からやさしそうな女の子が出てきたので、わたしは声をかけた。
「あのう」
「あら一年生? 誰かに用かしら?」
「早川智子さんはどちらですか」
「呼んでくるね」
「ありがとうございます」
「おーい、チーちゃーん」
今はちょんまげだが、このときのチーちゃんは小島麻由美と同じショートのボブ。わたしより背が低かったが、目力があり、わたしは自然と居住いを正された。
「はじめまして。一年の柊響です。わたし、ドラム以外ならけっこうできます」
「……」
チーちゃんは何も言わず、ただわたしの両手を力を込めて握った。
そして大きな目でわたしをじっと見る。
まるで二歳の幼児のように。
目を逸らしたい。でもここで逸らしてはいけない。
え?
チーちゃんの目が潤んでいる。
もしかしてがっかりしている?
「……あの、もしかして足りないのはドラムでしたか?」
するとチーちゃんはわたしをそっとハグした。
「平野さん……」
「柊です」
「ありがとう。これで文化祭に出れる……」
※ 小島麻由美さんの数ある名曲の中でわたしが一番好きなのは「ハードバップ」(「愛のポルターガイスト」2003 収録)という曲です。こちらで聴けます。https://www.youtube.com/watch?v=Vg4eGdvF4mY
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