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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第七章 柊響と早川貴子 その3
199/334

198 トゥーティッキ

登場人物

・柊響(ひびきちゃん)中一女子

・早川貴子きこ(キーちゃん)高三女子、公営アイドル〈北陸パピプペポ〉に内定

・式波里砂(りさりさ)中三女子、智子の同級生でバンド仲間

・杉本鈴美(すずみ)中三女子、智子の同級生でバンド仲間

・久保田友恵(トモちゃん)中一女子、柊の同級生で友だち

挿絵(By みてみん)


 今日は木曜日でチーちゃんが塾の日なので、式波邸の仏間でりさりさ、すずみちゃんと勉強をする。一斉テスト二日目の英語、数学の解き直しをじっくりやる予定。

 十六畳の仏間は底冷えがハンパなく、エアコンとファンヒーターの合わせ技でどうにか震えずに済んでいる。もちろん上着は羽織ったままだ。


「岳くん、今日はいないんですか?」とわたしはりさりさに尋ねた。

「ああ、なんでも美術部の空気が不穏なんだそうだ」とりさりさが答えた。「副部長が暴走してるらしくて、そいつを止められるのは岳しかいないんだと」

「そうなんですか。岳くんってすごいんですね」

「すごくはねーけど、いちおう部長だから」

「えっ、部長さんだったんですか⁉ ……でも、そう言われるとたしかに部長さんのように見えます。しっかりしてるし」

「あいつ外ヅラはいいからな。中身はヘンタイだけど」とりさりさは言った。


「部活ってのは人間関係が大変だよね」とすずみちゃんが言った。「あたしなんか、イヤな人はみんな死んじゃえばいいのに、って思っちゃうから部活なんてぜったいにムリだよ」

「いやいや、誰だってそう思ってますよ」とわたしは笑いながら言った。

「あたしは毎日脳内で最低十人は殺してるね」とりさりさは真顔で言った。

「ねえ、もしかしてウチらのことも殺してる?」とすずみちゃんが怪しい笑みを浮かべて尋ねる。

 即座にりさりさが「まさか!」と叫ぶ。「みんなは一番大切な友だちだよ!」

 ド直球だった。

「えっ、ありがとう! すっごく嬉しいよ!」とすずみちゃんもド直球で喜んだ。


 ああ、こういうの、いいなあ──とわたしは二人を眺めていた。なんか、青春って感じがするなあ……。

 するとりさりさはわたしのほうを見て

「ひびきちゃんもだよ」

と優しく言ってくれた。

 その視線があまりにも真っ直ぐだったので、わたしは涙がこみ上げてきてしまった。

 りさりさはわたしなんかを心から友だちだと思ってくれている──ちょっと前までの、勉強へのコンプレックスに苛まれ、わたしを疎んじていた姿からはとても信じられない。〈勉強する姉さんの姿が美しい〉と言っていた岳くんの気持ちがいま、わたしにもすごくよくわかる。


「ええっ⁉」とりさりさがうろたえる。

 わたしは誰かを抱きしめて泣きじゃくりたかった。しかし、りさりさとすずみちゃんを抱きしめるわけにはいかない。

 わたしは両手を握りこぶしにしてグッと力を入れ、「ありがとうございます」とだけ言葉を絞り出した。それ以上はムリだった。


「なあ、もう泣かないでくれよ」とりさりさがわたしに頼んだ。

「……すいません。あまりに嬉しすぎて」

「ねえ、ひびきちゃん、なんか飲みたいものある? 今日は岳がいないからあたしが用意するよ」

「そんな、気遣いなんて……」

「クソ甘いミルクティーがいいな!」とすずみちゃんが言った。

「わかった。特製のチャイを作ってやる」とりさりさが答えた。

「チャイって、インドの?」

「そう」

「えー⁉ 作り方教えてよ!」

「じゃあ、一緒に作ろう」


 二人は台所に消えた。

 すずみちゃんはわたしを一人にしてクールダウンさせるために席を外してくれたのだ。すずみちゃんはいつも注意深く周囲を見ており、道化のフリをして気配りを絶やさない。自分のことで精一杯なわたしなんかにはぜったいに真似できない芸当だ。すずみちゃんも相当強い。


 わたしは畳にごろんと寝転んだ。

 友だちがなんなのかは依然としてわからない。しかし、りさりさがわたしを友だちだと言ってくれたのだから、りさりさはわたしの友だちなのだろう。

 わたしはふとトゥーティッキの台詞を思い出した。


 ──ものごとってものは、みんな、とてもあいまいなものよ。まさにそのことが、わたしを安心させるんだけれどもね。(※)


 しかしわたしはトゥーティッキとは違って、あいまいなものに不安になってばかりいる。わたしはさながら、怯えすぎて透明になったとんがりねずみだ。そして、臆病なとんがりねずみたちを庇護するトゥーティッキはキーちゃんそのものだ。

 わたしはキーちゃんのことを何も知らない。わたしにとってキーちゃんはきわめて曖昧で、そんな曖昧な存在にわたしは無防備になり、心の底から安心を覚えている。

 しかし時には強烈な不安も──。

 わたしはまだまだトゥーティッキには追いつけそうもない。


 そんなことを考えていたら涙も止まり、心もすっかり落ち着いた。

 畳の冷気ですっかり体が冷えてしまったので、わたしはファンヒーターのそばに移動してお尻を向けた。


 トモちゃんはわたしのことを泣きすぎだと心配する。

 たしかにいまのわたしは半分くらいは頭がおかしいのかもしれない。これは明らかにキーちゃんのせいだ。

 しかしもう半分は正常な涙だと思う。これまで起きたこともなく、すっかり諦めていたようなことを次々と経験したのだから、しょっちゅう泣いてしまっても当たり前なのだ。


(※)『ムーミン谷の冬』より

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