196 出汁昆布
登場人物
・柊響(ひびきちゃん)中一女子
・父さん、母さん ともに富山市役所勤務、富山大ジャズ研の同期
・早川貴子(キーちゃん)高三女子、公営アイドル〈北陸パピプペポ〉に内定
帰路ひとり考える。
キーちゃんは甘えられるのが好きなのかな?
ビービー泣く子どもを、よしよし、とあやしたいのかな?
わたしはキーちゃんの五歳下だ。
わたしの五歳下は八歳。小学二年生。
もしわたしが小学二年生の子に「好き好きー!」と甘えられて、泣きじゃくるその子を「よしよし」としてあげられるのであれば、……けっこう楽しいかもしれない。
しかし、いくらなんでもその子の服を脱がしたりはしないよな。
でも一緒にお風呂に入ってパチャパチャ遊ぶのは楽しそうだな。
キーちゃんとお風呂……、いけない、それはいけない。
ただ、誰かに優しくしたいキーちゃんと、優しさを強いるわたしはなかなかいい組み合わせなのかな。
家に着くのはだいたい八時くらいで、親が先に帰っていることも多い。今日も父さんのくたびれた革靴がすでに玄関にあった。
「ただいまー」
「ひびき、胃はどうだ?」
父さんはずっとわたしの胃のことを気にかけている。
「まだ給食のにおいで吐きそうになる」とわたしは正直に答えた。
「そうか。粥なら食べれるか?」
「うん、たぶん」
「じゃあ今晩は粥にしよう。父さんが作るよ」
「ありがとう」
父さんはアルミ鍋で、はんぺん、かまぼこ、溶き卵、そして丸のままの出汁昆布が入った粥をささっと作ってくれた。
「醤油はテキトーに垂らしてくれ」
「うん」
一口食べるとショウガの味が口の中に広がった。
「おいしいよ!」
「そりゃあよかった」
「それにこのバカでかい昆布がワイルドでいいね!」
出汁昆布は水を吸って十五センチ×十センチほどの大きさに膨らんでいる。厚みも五ミリはあるだろう。それが鍋に三枚でーんと入っている。
「だろ? これを捨てるバカがいる。信じらんねーよな」
父さんはそう言って、バカデカ昆布をバッタのようにたったの五秒で平らげた。
「ごめんね、心配かけて。おまけに料理まで作らせて」
「いいんだよ」と父さんは言った。「ひびきは要領が悪くてどんくさい子だけど、そこがひびきのチャームポイントなんだから、これからも愚直に育ってほしいと思ってるんだよ。そのためなら粥くらいいくらでも作るさ」
「ありがとう」
「まあ、愚直を貫くってのが一番大変なんだけどな。でも後悔は一番少ないと思うぞ」
「そうだね」
父さんも母さんもわたしの体調不良の理由をなにも尋ねてこない。おそらくは〈思春期の娘ほど手に負えない生物はいない〉という一般常識の元、腫れ物に触るような扱いをわたしも受けているのだろう。
しかしわたしの場合は、物心ついたときから孤独だったし、両親もベタベタしてこないタイプの人間だったので、親から独り立ちをするという意味での思春期ならとっくに終わっている。
だから父さんや母さんにはちゃんと話したほうがいいのかもしれない。
「どうした? また胃が気持ち悪くなったか?」と父さんが尋ねた。
「いや、ちょっと考え事してただけ」
わたしがそう言うと、父さんは笑ってこう言った。
「考えろ、考えろ、大いに考えろ、アハハハ」
「フフッ」
父さんがそう言うので、わたしはもう少しだけ考えることにした。
大きな決断は頭がぐちゃぐちゃの時にしてはいけない。わたしは出汁昆布をゆっくり齧った。
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