189 ぼよよん行進曲
登場人物
・柊響(ひびきちゃん)中一女子
・早川貴子(キーちゃん)高三女子、公営アイドル〈北陸パピプペポ〉に内定
・早川智子(チーちゃん)中三女子、貴子の妹
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子、柊の同級生で友だち
・円谷れい子 保健室の先生
誰からも遠巻きにされ、孤立するのは慣れている。しかし、プラスであれマイナスであれ、人から強い思いを受けとることにはてんで慣れていない。
朝、教室に入れば気も紛れるかと期待したが、わたしは知らないうちにトモちゃんの席に目をやっている。いけないなと意識的に目をそらせば余計に気になってしまう。
そして、トモちゃんはわたしを独占したいんだな、まるごと食らいつきたいんだな、と思うと、わたしは嬉しさよりも息苦しさをずっと強く感じてしまう。
──いつでもサボりに来なさい
今日は保健室の先生の言葉に甘えることにした。
廊下を歩きながらわたしは考えた。
トモちゃんと同じ思いを、トモちゃんよりもはるかに大きな強度でわたしはキーちゃんに投げかけている。
なんでキーちゃんは平気なんだろう?
もしかしてキーちゃんもわたしのことが息苦しいのかな?
しかし、キーちゃんの頭の中についてのわたしの予測は当たったためしがない。ここまで人の気持ちがわからないのはきっと、わたしが人を避け続けてきたことへの罰なのだろう。
──わからないことがあるんですか? よかったですね! だって、目の前にはもう伸びしろしかないんですから
わたしはチーちゃんたちをそう励ましてきた。そしてチーちゃんたちは本気でそう信じてくれた。
だからわたしも、本気でそう思えるようにならなくては。
「失礼します」とわたしは保健室に入った。
「おや、昨日の。体調はどうだい?」と先生は尋ねた。
「おかげさまで。爆睡したら戻りました」
「そりゃあよかった。で?」
「今日はサボりに来ました」
「そうかい。じゃあ好きなベッドで寝てなさい」
先生はわたしには何も訊かない。
怠慢なのではない。昨日半日寝ていてわかったのだが、先生は訊くべき生徒にはちゃんと訊くし、仮病の生徒はさっさと追い返している。
つまりわたしは先生に認められているのだ。わたしは少し誇らしかった。
「ありがとうございます」
カーテンを引き、上履きを脱いで、わたしはベッドに横になった。
生成り色のカーテンは外の光のうち、暖かい色を選り好んで柔らかく中に取り込む。
そんな穏やかな光のカーテンで仕切られたこの長方形の狭い空間が、わたしを柔らかく包んで守ってくれている。サボってよかったとわたしは心から思った。
わたしはポケットからスマホとイヤホンを取り出し、電源を入れ、〈おかあさんといっしょ〉名義の音楽を聴いた。
キーちゃんは歌のお姉さんのようなアイドルになる。
わたしは〈ぼよよん行進曲〉を聴きながら、これをキーちゃんが歌ったらどんなふうになるのかな、と目を閉じて考えた。
〈知ってた?〉
〈いまだ! スタンバイ! OK!〉
こんな合いの手を、キーちゃんが笑顔で観客に呼びかける姿を思い浮かべると、わたしはなんだかニヤけてきてしまった。
もはやわたしは虹のふもとなんてないことを知っている。
星に手が届かないことも。
足の裏にはバネなんかなく、空へ飛び上がれもせずに、ただ地面に伏して泣くことしかできないことも。
それでも小さな子どもたちには〈空へ飛び上がってみよう〉と訴えなければいけない。現実へ働きかける力のない小さな子どもたちの身に〈たいへんなこと〉が降りかかるとき、子どもたちが唯一できるのは夢をもつことだけだからだ。
もし歌の流れる間だけでも、空へ飛び上がれる、と信じさせることができるのなら、それはもはや魔法だ。
歌のお姉さんたちはみんな〈歌のお姉さん〉をわざとらしいほどに演じている。しかし同時に、自分で自分に魔法をかけて、空へ飛び上がってみようと本気で願って歌っている。そしてわたしはまんまと魔法にかけられている。
いいな──。
わたしは飽きもせずに、歴代のいろんなお兄さん、お姉さんが歌う〈ぼよよん行進曲〉をずーっと聴いていた。
そして不思議なことに、ホントに元気が出てきたのだ。
わたしは、人がなぜアイドルに惹かれるのか、少しわかったような気がした。
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