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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第七章 柊響と早川貴子 その3
190/334

189 ぼよよん行進曲

登場人物

・柊響(ひびきちゃん)中一女子

・早川貴子きこ(キーちゃん)高三女子、公営アイドル〈北陸パピプペポ〉に内定

・早川智子ちこ(チーちゃん)中三女子、貴子の妹

・久保田友恵(トモちゃん)中一女子、柊の同級生で友だち

円谷つぶらやれい子 保健室の先生

挿絵(By みてみん)


 誰からも遠巻きにされ、孤立するのは慣れている。しかし、プラスであれマイナスであれ、人から強い思いを受けとることにはてんで慣れていない。


 朝、教室に入れば気も紛れるかと期待したが、わたしは知らないうちにトモちゃんの席に目をやっている。いけないなと意識的に目をそらせば余計に気になってしまう。

 そして、トモちゃんはわたしを独占したいんだな、まるごと食らいつきたいんだな、と思うと、わたしは嬉しさよりも息苦しさをずっと強く感じてしまう。


 ──いつでもサボりに来なさい


 今日は保健室の先生の言葉に甘えることにした。


 廊下を歩きながらわたしは考えた。

 トモちゃんと同じ思いを、トモちゃんよりもはるかに大きな強度でわたしはキーちゃんに投げかけている。

 なんでキーちゃんは平気なんだろう?

 もしかしてキーちゃんもわたしのことが息苦しいのかな?

 しかし、キーちゃんの頭の中についてのわたしの予測は当たったためしがない。ここまで人の気持ちがわからないのはきっと、わたしが人を避け続けてきたことへの罰なのだろう。


 ──わからないことがあるんですか? よかったですね! だって、目の前にはもう伸びしろしかないんですから


 わたしはチーちゃんたちをそう励ましてきた。そしてチーちゃんたちは本気でそう信じてくれた。

 だからわたしも、本気でそう思えるようにならなくては。


「失礼します」とわたしは保健室に入った。

「おや、昨日の。体調はどうだい?」と先生は尋ねた。

「おかげさまで。爆睡したら戻りました」

「そりゃあよかった。で?」

「今日はサボりに来ました」

「そうかい。じゃあ好きなベッドで寝てなさい」


 先生はわたしには何も訊かない。

 怠慢なのではない。昨日半日寝ていてわかったのだが、先生は訊くべき生徒にはちゃんと訊くし、仮病の生徒はさっさと追い返している。

 つまりわたしは先生に認められているのだ。わたしは少し誇らしかった。

「ありがとうございます」


 カーテンを引き、上履きを脱いで、わたしはベッドに横になった。

 生成り色のカーテンは外の光のうち、暖かい色を選り好んで柔らかく中に取り込む。

 そんな穏やかな光のカーテンで仕切られたこの長方形の狭い空間が、わたしを柔らかく包んで守ってくれている。サボってよかったとわたしは心から思った。

 わたしはポケットからスマホとイヤホンを取り出し、電源を入れ、〈おかあさんといっしょ〉名義の音楽を聴いた。


 キーちゃんは歌のお姉さんのようなアイドルになる。

 わたしは〈ぼよよん行進曲〉を聴きながら、これをキーちゃんが歌ったらどんなふうになるのかな、と目を閉じて考えた。

 〈知ってた?〉

 〈いまだ! スタンバイ! OK!〉

 こんな合いの手を、キーちゃんが笑顔で観客に呼びかける姿を思い浮かべると、わたしはなんだかニヤけてきてしまった。


 もはやわたしは虹のふもとなんてないことを知っている。

 星に手が届かないことも。

 足の裏にはバネなんかなく、空へ飛び上がれもせずに、ただ地面に伏して泣くことしかできないことも。

 それでも小さな子どもたちには〈空へ飛び上がってみよう〉と訴えなければいけない。現実へ働きかける力のない小さな子どもたちの身に〈たいへんなこと〉が降りかかるとき、子どもたちが唯一できるのは夢をもつことだけだからだ。


 もし歌の流れる間だけでも、空へ飛び上がれる、と信じさせることができるのなら、それはもはや魔法だ。

 歌のお姉さんたちはみんな〈歌のお姉さん〉をわざとらしいほどに演じている。しかし同時に、自分で自分に魔法をかけて、空へ飛び上がってみようと本気で願って歌っている。そしてわたしはまんまと魔法にかけられている。


 いいな──。


 わたしは飽きもせずに、歴代のいろんなお兄さん、お姉さんが歌う〈ぼよよん行進曲〉をずーっと聴いていた。

 そして不思議なことに、ホントに元気が出てきたのだ。


 わたしは、人がなぜアイドルに惹かれるのか、少しわかったような気がした。

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