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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第七章 柊響と早川貴子 その3
183/334

182 経口補水液

登場人物

・柊響(ひびきちゃん)中一女子

円谷つぶらやれい子 保健室の先生

・早川貴子きこ(キーちゃん)高三女子、公営アイドル〈北陸パピプペポ〉に内定

・久保田友恵(トモちゃん)中一女子、柊の同級生で友だち

・稲垣良美(ガッちゃん)中一女子、柊の同級生、かつて柊響をライバル視していた

挿絵(By みてみん)


 わたしは学校の靴箱の臭いが臭すぎて盛大に吐いてしまった。

 その後のことは覚えていない。たぶん吐いたと同時に眠ってしまったのだろう。

 気づいたらわたしは体操着姿で保健室のベッドに横になっていた。


 わたしは起き上がってカーテンを開ける。部屋の隅で保健室の先生が机で書き物をしている。先生のほかには誰もいない。先生はわたしが起きたのを見て立ち上がった。

「処置ありがとうございます」とわたしは言った。

「目が覚めたかい?」

 年季と慈愛のこもった声だった。

 時計を見ると十一時を回っていた。


「先生が体操着に着替えさせてくれたんですか?」とわたしは尋ねた。

「制服が吐瀉物まみれだったからね、あのまま寝るとベッドが汚れていけない。カバンを勝手に漁らせてもらったよ」

「ありがとうございます」

「ほら、これを飲みなさい」と先生は経口補水液のペットボトルをわたしに渡した。手に取ると常温だった。

「温めたほうがいいかい?」

「いえ、これで大丈夫です」


 わたしは補水液を飲んだ。

 と、腹の奥から吐き気が頭に上がってきた。

 わたしは両手で口を押さえる。

 わたしを観察していた先生はベッドの下からバケツをすばやく取り出し、わたしの口元に持ってきた。

 わたしはバケツに水と胃液の混合物を吐いた。


「すいません」とわたしは先生に謝った。

 先生はバケツを抱えたまま「いつからそうなのかい?」とわたしに尋ねた。

 今日は月曜日だから、金曜日は……。

「三日前からです」

「下痢したり、高熱が出たりはしてないかい?」

「それはないです」

「それはよかった。じゃあ、とりあえずもうちょっと寝てなさい。で、帰れるだけの体力が戻ったら帰りなさい」

「はい、ありがとうございます」

「おやすみなさい」

 そう言って先生はカーテンを閉めた。


 目を閉じても眠れなかったので、わたしはスマホの電源を入れ、イヤホンを耳にし、しばらく聴いてなかった歌声を聴いた。

 キーちゃんと初めて会ったとき、歌手を目指しているが東京へは出ないと言うキーちゃんを私は白い目で見ていた。歌手になりたいという子どもの頃の夢を未だ持ち続け、しかし嫌なことは避けるような、その手の自分に甘い人間なんだと早合点していた。

 そのときのわたしはとても嫌な顔をしていたことだろう。

 しかしキーちゃんはそんなわたしへ嫌な顔一つせずに、ためらいがちに自主制作CD二枚を渡してくれた。

 わたしはいま、その繊細なのに伸びやかな歌声を初めて聴いたときと同じように、涙が溢れて止まらないでいる。


 目の近くを何かが触れた。

 目を開けるとトモちゃんとガッちゃんが立っていた。

 弱ったな。こんなところを見られたくはなかった。


 朝、ガッちゃんが寝ぼけたわたしを保健室まで連れてきて、トモちゃんがゲロの始末をしてくれたのだという。わたしはもう二人に足を向けては寝られない。

 なんで困ってるの、というガッちゃんの問いかけにわたしは答えることができなかったので、わたしはガッちゃんにこっぴどく、そして愛情深く怒られた。


 ガッちゃんがあまりに真剣だったので、頭がもうろうのわたしはうかつにも「あのね、あたしの大切な友だちがね……」と口にしてしまった。

 しかしトモちゃんがこう助け船を出してくれた。

「三年生のこと?」

 わたしはすかさず船に乗った。

「そう、三人の三年生。その三人がね、もう、毎日毎日、見えないゲロを吐くんだ。とてもつらそうにして」

 これは事実だった。しかしいままでは、キーちゃんがいてくれたからどうにか踏みとどまれていたのだ。

 しかし、もう耐えられそうにない。

「それを側で見てるとさ、もう、あたしもう……」


 わたしは二人に一つだけ頼み事をした。

「今日のことは、三年生には内緒にしていてほしいんだ」

 優しい二人は聞き入れてくれた。

※今回の話は「86 ゲロ」をひびきちゃん視点から眺めた話です。


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