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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第七章 柊響と早川貴子 その3
182/334

181 わかれうた

登場人物

・柊響(ひびきちゃん)中一女子

・早川貴子きこ(キーちゃん)高三女子、公営アイドル〈北陸パピプペポ〉に内定

・早川智子ちこ(チーちゃん)中三女子、貴子の妹

・久保田友恵(トモちゃん)中一女子、柊の同級生で友だち

挿絵(By みてみん)


 この日、チーちゃんから姉がアイドルになるという話はひと言も出なかった。もしかしたら話が揉めたのかもしれない。わたしから尋ねることはできなかった。


 勉強を終え、ひとり雪道を帰るわたしは、考えたくないことばかり考えてしまう。

 早川邸から呉羽山を越えたところにある8番らーめんへは、電動自転車なら簡単に行けるが、雪道を歩いて行くとなると三〇分はかかるし、道は登りと下りばかりで骨が折れる。

 つまりは、そこまでしてまでわたしの顔を見たくなかったというのだろうか。

 わたしは勉強しながら食べたポテチを吐いた。


 家に帰ると、テーブルに並ぶスーパーの惣菜を見て吐きそうになった。

 鍋の蓋を取ると昨日の残りの雑炊がまだ少し残っていた。これでもまだ匂いがキツかったので、鍋に水道水をジャーッと入れ、シャバシャバにして火をかけて、重湯を飲むようにして食べた。

「胃はまだダメか?」と父さんが尋ねた。

「うん、ちょっと」

「そうか。病院行くか?」

「いや、いい」

 わたしの胃弱は薬では治せない。


 風呂に入ってもぜんぜんリラックスできない。

 最高水準問題集を開いてもぜんぜん頭に入ってこない。

 吉影さんの絵を観てもぜんぜん心に響いてこない。

 何も考えられず、何も感じられないまま、目だけがガンガンに冴えている。

 わたしはベッドに横になり、灯りを消してイヤホンをつけてあいみょんを流したが、それすら騒音にしか聞こえない自分に絶望して、仕方なく音楽を止めた。


 ここのところろくなものを食べていないので、ものすごく疲れが溜まっている。

 わたしの全身が睡眠を切望している。

 脳も思考が止まっている。

 感受性も死んでいる。

 しかし睡眠中枢だけがバグったように暴走して眠れない。


 そんなもうろうとした私の頭に、ひとつの悲しげなフレーズが聞こえてきた。


 ──途にたおれて誰かの名を……


 ハッとしたわたしは再びイヤホンをつけ、中島みゆきの〈わかれうた〉をむさぼるように聴いた。とても変な話だが、この絶望的な歌にわたしの感情は息を吹き返し、元気づけられた気がしたのだ。


 〈わかれうた〉を聴き終えたわたしは、たまらず部屋の灯りをつけ、Mac を開いて〈わかれうた〉のコード表を検索した。

 この歌の意味が少しだけでもわかるようになったということは、わたしも少しは成長したということだ。そう考えると、わたしは悲しい中にも一抹の誇りのようなものを感じ取ることができた。

 いまこの歌を歌ったらさぞ楽しいだろう。

 歌いたくて仕方がない。

 わたしはエレキギターを手に取り、アンプの音量をごく小さくして、眠たくなるまでずっと〈わかれうた〉を小声で歌い続けた。

 不思議と涙は出なかった。たぶん完全におかしくなっていたのだと思う。


 目覚ましで起きたわたしはまるで、産み落とされたばかりの馬が懸命に立ち上がろうとするような感覚を覚えた。とにかく体が重くて動かない。

 そして心は空っぽだった。〈わかれうた〉を歌い続けたことで、わたしの中にあった感情はすべて外に吐き出されてしまったのだろう。


 いつものようにトモちゃんが迎えに来る。

 抜け殻のわたしは、この後トモちゃんとどんな言葉を交わしたのかまったく記憶がない。

 ただ、気づいたらわたしはトモちゃんを抱きしめていた。そしてトモちゃんもわたしをハグしてくれていた。

 わたしは目を閉じた。目を閉じればキーちゃんに会えるような気がしたのだ。

 しかしこの手の位置はキーちゃんではなかった。キーちゃんはわたしよりも大きく、トモちゃんはわたしよりも小さい。目を閉じても分かる──この手はトモちゃんの手だ。

 かまわない。


 ──私は別れを忘れたくて あなたの目を見ずに戸を開けた


 ああ、いまわたしは〈わかれうた〉を地で行っているな、と思い、少しおかしくなった。

※今回の話は「84 足の臭い」の出来事をひびきちゃん視点で描いたものです。


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