178 仮眠
登場人物
・柊響(ひびきちゃん)中一女子
・早川貴子(キーちゃん)高三女子
・早川智子(チーちゃん)中三女子、貴子の妹
・式波里砂(りさりさ)中三女子、智子の同級生でバンド仲間
・杉本鈴美(すずみ)中三女子、智子の同級生でバンド仲間
わたしは一人キーちゃんの部屋に入り、扉を閉めた。
キーちゃんの部屋にキーちゃんがいないこの状況に、わたしは〈キーちゃんの不在〉をこれでもかと強く意識させられてしまう。
そしてわたしは、見捨てられてしまったような感覚を覚えてしまう。
かもいにジャージの架かったハンガーがぶら下がっている。
わたしはそれを手に取ると、服を脱いで着替えた。
わたしには一回り大きいそのジャージからはキーちゃんの匂いがするかと思ったが、悲しいことに化繊の匂いしかしなかった。
わたしはベッドに潜り込む。
この有機的な布団の匂いはまちがいなくキーちゃんの匂いだ。
匂いを嗅いだら泣いてしまうかも、とわたしは思っていたのだが、なぜだか不自然なくらい冷静でいられている。
それは、横になるわたしを、もう一人のわたしが上から眺めているような妙な感覚。
キーちゃんと初めて肌を触れ合ったときにも同じような感覚を覚えたのを、今まさに宙に浮かんだような気がしているわたしは思い出した。
「そろそろ起きろ」
チーちゃんにそう言われてわたしが目を開けると、時計の針は四時を回っていた。二時間も眠ってしまったのだ。
「あーっ、すいません!」
「やっぱ疲れてたんだな。眠れてないのか?」とチーちゃんが心配そうに尋ねた。
わたしは正直に言った。
「……はい。ここんとこ、ちょっと眠りが浅くて」
「なんか心配事でもあるのか?」
しかしこればかりは正直に言えない。が、チーちゃんは
「……って、ウチらのことかあ!」
と続けて笑った。
「学調直前だもんな」
「アハハ……」
わたしもつられて少し笑った。
「もうさあ、明日はゆっくり一日休んでよ」とすずみちゃんが言った。わたしたちは日曜日も毎週昼から夕方までいっしょに勉強をやっている。
「でも学調前日なんですよ」とわたしは言った。
「そうだね。前日だよね」とすずみちゃんは言った。「〈試験前日は難しい問題には手を付けずに、軽めの問題をさっと流す程度にしたほうがいい〉って言ってたのはひびきちゃんだよ」
ああそうだ。わたしは余裕を失うあまり自分で言っていたことすら忘れていた。
「そういえばそんなこと言ってましたね」
「だからね、明日はゆっくり休んでよ。ね」とすずみちゃんはわたしに優しく言ってくれた。
「はい」
「OK」
すずみちゃんがそう言うのを合図に、三人は部屋から出ようとした。そして去り際にりさりさが
「着替えたら来てくれよ。わかんないとこがあるんだよ」
と言って扉を閉めた。
チーちゃんの部屋の扉が閉まる音を確認すると、わたしは腰砕けのようにベッドに崩れた。
危なかった──。
わたしはあやうくすずみちゃんに抱きつくところだった。そして抱きついたら最後、自制心が吹き飛んで思い切り号泣していたと思う。
〈勉強よろしくね〉というキーちゃんとの約束がかろうじてわたしを思いとどまらせてくれたのだ。
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