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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第七章 柊響と早川貴子 その3
178/334

177 調子悪そう

登場人物

・柊響(ひびきちゃん)中一女子

・早川貴子きこ(キーちゃん)高三女子

・早川智子ちこ(チーちゃん)中三女子、貴子の妹

・式波里砂(りさりさ)中三女子、智子の同級生でバンド仲間

・杉本鈴美(すずみ)中三女子、智子の同級生でバンド仲間

・伯父さん 早川貴子・智子の父の年の離れた兄。七〇歳独身。大腿骨骨折により施設入所。

挿絵(By みてみん)


 土曜日の昼。

 早川邸にはチーちゃんたち受験生三人とわたししかいない。他の人はみんな伯父さんのところへ出かけて夜まで帰ってこない。

 せっかくなので、と広いリビングで問題集を広げてはみたが、なんだかみんな落ち着かなかったので、いつものようにチーちゃんの狭い部屋へ四人で入った。

 わたしたちはチーちゃんの塾が始まる夕方までいっしょに勉強する。


「お前、なんか調子悪そうだな」とチーちゃんがわたしに言った。

「そ、そうですか?」

 わたしはすぐに否定したが、心の中では(そうです、調子悪いんです)と呟いていた。

 わたしは昨日のことをずっと引きずっていた。


 ──〈仕方ない〉ってのもなんかムカつくよ


 わたしはあのとき、負の感情をあらわにしたキーちゃんを初めて目にした。

 ものすごいショックだった。


 わたしはキーちゃんのことが心配だと言いながら、自分の不安ばかりをぶちまけるばかりで、キーちゃんにも不安があるだなんていっさい考えもしていなかった。そして、不安ばかりを口にするわたしを安心させようと、キーちゃんがどれだけがんばって事もなげに振る舞っていたかにもてんで気づけなかった。


 一方的に求めるばかりのわたしに「ムカつく」のも当然だ。わたしがやっているのは〈あなたのためを思っているのよ〉などと言って子どもを自分のエゴに従わせようとする毒親とまるっきり同じだからだ。よくも今まで我慢してくれたと思う。


 でも、もうダメなのかもしれない。

 しかしキーちゃんはわたしに「勉強よろしくね」とも言っていた。

 だからせめて、チーちゃんたちの勉強についてだけでも、わたしはキーちゃんの期待に応えなくてはいけない。


「大丈夫ですよ! 学調で全力出せるようがんばりましょう!」

 わたしはありったけの笑顔でそう言った。

 しかしチーちゃんは「お前、無理してねーか?」となおも言う。

 すると、りさりさがわたしの肩に手を置いて、

「ひびきちゃん、よろしく頼むよ」

とだけ呟くように言った。そして二〇センチ背の低いチーちゃんを睨むように見下ろした。


 どちらの言い分もわかる。

 チーちゃんはわたしの体調を心配し、いたわってくれている。

 りさりさはわたしの意志を尊重し、「大丈夫」というわたしの言葉に疑問を挟むのを許さないでいる。


 そんな二人の間にすずみちゃんが「まあまあまあ」と割って入る。「とりあえず勉強やろうよ。ひびきちゃんは途中でしんどくなったら遠慮なく切り上げていいんだからね」

「ありがとうございます」とわたしは礼を言った。

 中二病ぶっているすずみちゃんは、サバサバしているように見せかけて、じつはバンドの五人の中で一番こまやかな神経をもっている。感受性の鈍さをサバサバキャラでごまかしているわたしなんかとは大違いだ。

 願わくばその秘訣を知りたいのだが、わたしとすずみちゃんが差しになる機会は不思議とこれまで一度もない。


 今日の数学は立体の体積をやった。

 わけのわからない立体の体積を求めるには、計算可能な〈すい〉〈柱〉の形に立体を切り出す必要がある。入試問題レベルだと、どこで切り出すか一発でわかることは少ない。だから多くの人は問題用紙の図形にあれこれ線を書いては消しを繰り返す。すると用紙がボロボロに汚くなってしまう。そうなるのを防ぐには、問題用紙に直接切り出し線を書くのではなく、問題用紙別ページの裏などに図形をトレースし、それに書き込むといい。そうすれば何度も試せて試行錯誤も容易になる。トレースにかかる時間はせいぜい十秒程度なので時間ロスよりもメリットのほうがはるかに大きい。

「縦横高さが直交している箇所は死守してください。そこには必ず意味があるはずなんです」

「三角形の面積がわからないときは三平方の定理を試してください。もしかしたら直角三角形かもしれません」

「平行な面があったら、それは高さの比を使えという合図かもしれません」

 そんなことを言っている間だけは、わたしの気もずいぶんと紛れる。


「ひびきちゃん、今日はいつもにも増してスパルタだね」とすずみちゃんがシャーペンを置いて言った。「これでどうかな?」

 わたしはすずみちゃんに渡された答案を注意深く見る。

「はい、完答です」

「じゃあ二人にはあたしが教えとくから、ひびきちゃんはリビングのソファで少し仮眠してきなよ」

「いや、あそこは寒いから風邪引くぞ」とチーちゃんが言った。「キーちゃんのベッドで寝ろ」

 わたしは、わたしの〈大丈夫〉という言葉を尊重してくれたりさりさの顔を見た。そのりさりさはひと言、

「寝ろ」

とだけ言った。

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