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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第七章 柊響と早川貴子 その3
175/334

174 元気

登場人物

・柊響(ひびきちゃん)中一女子

・早川貴子きこ(キーちゃん)高三女子

・早川智子ちこ(チーちゃん)中三女子、貴子の妹

・式波里砂(りさりさ)中三女子、智子の同級生でバンド仲間

・杉本鈴美(すずみ)中三女子、智子の同級生でバンド仲間

・久保田友恵(トモちゃん)中一女子、柊の同級生で友だち

【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】


 キーちゃんは今日もジャージ姿でダンスステップの練習をしていた。たぶんダンスをするための筋肉がついていないせいだろう、ステップは重たく見えた。

 それでもキーちゃんは苦しそうな顔もせずに、むしろ楽しそうに、そして前向きに地道な練習を重ねている。そんな頑張るキーちゃんをわたしは応援したくてたまらなくなる。

 キーちゃんはわたしたちに気づくと、タブレットの動画を止めて笑顔で手を振った。その姿がなんだかアイドルのように見えてわたしはドキッとした。


 キーちゃんはタオルで汗を拭いながらわたしたちに近づいてきた。頬がきれいに紅潮してまるでチークを塗っているかのようだ。

「キーちゃん、よく会いますね。バイト辞めたんですか」とわたしは尋ねた。

「辞めないよ。ひびきちゃんの来る日はシフトを入れないようにしてるだけだよ」とキーちゃんはさらっと答えた。

 わたしに合わせてくれているんだ──わたしはそのひと言でたまらなく幸せになれた。

「嬉しいです」

「あたしもよ。じゃあ勉強よろしくね」

「はい!」


「お前さ、さっきまで浮かない顔してたけど、キーちゃんの顔見ただけですっかり元気になっちゃったな」とチーちゃんが訝しげに言った。

「それってほら、〈推しに元気をもらう〉ってやつじゃない?」とすずみちゃんが言った。「ひびきちゃんは〈キーちゃん〉推しなんでしょ?」

 トモちゃんもそんなことを言っていた。わたしはキーちゃんのことが大好きだが、それが〈推し〉的な感情なのかと問われたら答えに窮してしまう。


「正直〈推し〉というのがどういう意味なのかよくわからないんですが、キーちゃんのフラジャイルな歌声にはすごく惹かれます」

「だいたいさあ、なんで貴子(きこ)さんのこと〈キーちゃん〉なんて呼んでんの?」とりさりさが尋ねる。

「そうそう」とすずみちゃんも同意する。

 わたしは〈推し〉という言葉の都合のよさと、女性アイドル推しの女性ファンが築いてくれた(たまもの)をありがたく思った。〈推し〉ということにしておけば大概のことはごまかせてしまう。

「キーちゃんが〈キーちゃん〉って呼んでいいって言ってくれたから、そう呼ばせてもらってるんです。〈キーちゃん〉って呼ぶと、なんだか年の差がぐっと縮まって、友だちになったような気がして嬉しくなるんです。こんなこと思うなんて、やっぱり自分はキーちゃん推しなんですかね」


 そして五〇分足らずの逢瀬──いまのわたしはほとんどこのためだけに生きている。

 わたしたちは今日も横に並んで床に座り、壁に背中をもたれている。ベッドに並んで横になると、ぜったいにそう(ヽヽ)なってしまうからだ。劇薬はもしものときにとっておきたい。

「キーちゃん」

「なに?」

「あたし、アイドルというものを調べれば調べるほど恐ろしくなるんです」

「なんでアイドルが恐ろしいの?」

 キーちゃんはにこやかな笑顔でそう尋ねる。

「アイドルは大勢の人の我欲を一身に引き受けるんです。いけにえなんです」

 そう言って、わたしはホラーシーンに怯える子どものようにキーちゃんを抱きしめた。

「だから恐ろしいの?」

「アイドルだって人間です。他人の我欲へ無限に奉仕できるわけじゃない。だからかならず破綻が生じるんです。奉仕を優先させれば自分が破綻し、自分を優先させれば大勢の好意が憎悪に反転するんです」


「大丈夫よ」とキーちゃんは答え、わたしの頭をやさしく撫でた。「あたしはそんな器じゃないから」

「キーちゃん……」

「それに、そういうのってアイドルに限らないでしょ。ジャニス・ジョプリンとか、カート・コバーンとか、一時期のジャスティン・ビーバーとか」

「ジャスティン・ビーバーはアイドルですよ」

「日本のアイドルとはぜんぜん違うよ」とキーちゃんは言った。

「……そうですね」

「日本のアイドルってのはね、男を作らず、SNSをやらなければ大丈夫なんだから。で、それっていまの自分とぜんぜん変わらないし。だから楽勝だよ」

「楽勝ってのは、ちょっと……」

「大丈夫。あたしたちは富山、石川、福井の三県にがっちり守られてるんだから」

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