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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第七章 柊響と早川貴子 その3
170/334

169 ダンスの練習

登場人物

・柊響(ひびきちゃん)中一女子

・早川智子ちこ(チーちゃん)中三女子

・早川貴子きこ(キーちゃん)高三女子で早川智子の姉

・杉本鈴美(すずみ)(厨二病担当、キーボード+打ち込み)

・式波里砂(りさりさ)(クール担当、ベース)

挿絵(By みてみん)


 ──春からアイドルになるの


 あの衝撃の告白から二日後、学校帰りに早川邸を訪れると、ジャージ姿のキーちゃんがリビングでダンスの練習をしているのをわたしたちは目にした。

 音楽に合わせて前後左右にステップを踏む練習で、タブレットで講師の動画を流しながら熱心に取り組んでいる。その動きはお世辞にも上手いとは言えなかったが、その一途(いちず)な一生懸命さはわたしの心を熱く打った。


「あれは……」とわたしは隣のチーちゃんに尋ねた。

「なんか知らねーけど、急にダンスを始めちゃってね」とチーちゃんは答えた。

 ああ、家族はアイドルになることを知らないんだ……。

 しかしわたしは知っている──そう思うとなんだかとても嬉しくなった。


「おかえりー」

 わたしたちに気づいたキーちゃんはそう言ってダンスの練習をやめ、タオルで汗を拭った。りさりさとすずみちゃんは、おじゃましまーす、と言いながら不思議そうにキーちゃんを見やった。

 その白い肌は健康的に紅潮していて、体を動かした後のすがすがしさがわたしにも伝わってきた。


 猛勉強の後の、五〇分間の集中タイム。その間わたしはキーちゃんと二人きりになる。

「あのダンスの練習はやっぱり、アイドルになるためにやってるんですか?」

 わたしは床に座って、壁に背をもたれながら尋ねた。

 キーちゃんはわたしの隣で、同じように壁に背をもたれている。

「うん。まわりに迷惑かけちゃいけないし」

「〈まわり〉ってことは、やっぱり集団で踊ったりするんですか?」

「集団ってほどではないけどね」

「〈なんとか46〉みたいなことをするんですか?」

「まあ、そうなるよね」

 キーちゃんはさらっとそう言った。

 わたしは、そういうことはさらっと言うべきではないと思った。

「気持ち悪い人たちにむりやり握手をさせられて、チェキでハートマークを作らされて、それでも笑顔を振りまいたりするんですか?」

「……ひびきちゃん、大丈夫?」


 ここのところずっと情緒不安定なので、ちょっとしたことであきれるほどに涙が出てくる。

「手に汚い精子が付いてるかもしれないんですよ!」

 いいや、〈かもしれない〉なんかではない。百人並んでいたら一人や二人はぜったいにそういう奴が混じっているに決まっている。

「ねえひびきちゃん、たぶん握手はしないよ」

「……えっ?」

「そういうアイドルじゃないんだよ」


 キーちゃんはわたしの涙をタオルで拭いてくれた。そしてわたしをやさしく抱き寄せた。

「心配してくれたんだね」

 今日のわたしは赤ん坊だった。


 キーちゃんの話によれば……。


 文化の日のミニライブが終わった後、キーちゃんは地元のイベント会社の人から、

「県が町おこしのアイドルを探しているから、よかったら手を挙げてみないか」

と言われた。

「アイドル?」

 チーちゃんは半世紀前の音楽しか知らないが、それは姉のキーちゃんも変わらない。キーちゃんのアイドルの知識はノーランズあたりで止まっている。

 しかし、とりあえず話だけでも聞いてみよう、とキーちゃんはイベント会社の人と二人で富山県庁を訪れた。


 通された〈富山県地方創生局ワンチームとやま推進室〉という仰々しい名前の部署は、富山県のまちづくりをミッションとする司令塔的な部署だ。

「とは言っても、県と市とでバラバラに動いているんだけどね」とイベント会社の人はキーちゃんにこっそり教えた。「県と市は仲が悪いんだよ」


 説明してくれた室長の牛島さんは見た感じ四〇歳くらいのダンディで優しそうなおじさんで、ミニライブ当日は会場に来ていたのだという。そして会うなり早々、

「早川さんのほんわかした印象は我々の求めるアイドル像にぴったりです。我々が求めるのは野心にギラついた今どきのアイドルではなく、老若男女に親しまれる歌のお姉さんなんです。もしよかったら一緒に働いて下さい」

と熱烈なオファーをキーちゃんに送った。

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