17 草まみれ
登場人物
・柊響(ひびきちゃん)中一女子
・久保田友恵(トモちゃん)柊響の同級生で友だち
・児玉くん 柊響の同級生で柊響に告白してきた
「でも、怖くないの?」
ひびきちゃんがそう尋ねる。
「え?」
「だって、腕力じゃ男子にぜったい勝てないじゃん。そんな男子に身を委ねるんだよ。それって怖くない?」
「いやいやいや、うちらまだ中学生だよ。そんなことはしないよ」
「そうかなあ。だって男子はみんな、毎晩エロ動画見てオナニーしてるんだよ。児玉くんだってぜったいそうだよ」
「うう、あんま考えたくない……」
「だったらさ、手をつないで触れてるだけのキスをするだけじゃ満たされないと思うんだよ」
「うーん」
ひびきちゃんが上半身を起こした。後頭部と背中に草や土がたくさんひっついている。
「もしそうなったら、トモちゃんはどうするつもり?」
「そう、って?」
「自分がしてほしくないことを、してほしいと頼まれたら。なんかトモちゃんは断れないような気がして心配なんだよ」
「だ、だ、大丈夫だよ! そもそも、あたしにそんな相手いないし」
「あたしは心配だよ。でもトモちゃんはさ、女子力高いじゃん」
わたしは否定しなかった。
でも、女子力が高いって、いけないことなの?
ひびきちゃんは続けた。
「女子力ってさ、料理がうまいとか手芸ができるとか、なんだか家庭科の成績がいいことのように思われてるけど、ぜんぜん違うよね。だってプロの料理人の世界とか、服飾デザイナーの世界とかって、完全に男社会だし」
「そう言われるとそうだね」
「トモちゃんを見てるとさ、女子力っていうのは、ややこしい人間関係に波を立てないでうまくやっていく能力のことなのかな、って思うんだ」
「うん。だって争いはイヤだもん」
「ミシュランシェフはたぶんミスした同僚を罵倒すると思うけど、トモちゃんは罵倒なんかしないよね」
「そうだね。〈なんか大変そうだね、あたしいま手が空いてるから少し手伝うよ〉とか言ってほとんどぜんぶ自分でやっちゃうと思う」
「だとするとさ、女子力ってのはけっきょく、相手がしてほしいことを先回りして実現してあげる能力ってことになんないかな?」
「で?」
「だから、もしトモちゃんが児玉くんかだれかに迫られたとしても、トモちゃんは相手がしてほしいように振る舞っちゃうんじゃないか、ってあたしは心配なんだよ」
「い、いや、あたしには確かにそういうところはあるけど、でも嫌なことはちゃんと断るつもりだよ」
「あたし、トモちゃんが断ってるとこ、見たことない」
「……」
ええ、その通りです。
わたしは断るのが超ニガテ……。
とつぜん、ひびきちゃんがわたしを押し倒した。かなり乱暴に。
「キャー、ちょっと、なにい? 服が汚れちゃうよお」
なにがなんだか分からなかったわたしは、愛想笑いでその場をしのごうとした。
しかしひびきちゃんは真顔でわたしをじっと見据える。
怒りにも似た、真剣な目──。
怖い──とわたしは思った。
なに? どうしたの?
「トモちゃん。もし児玉くんがこんなふうなことをして、したい、って言ってきたら、トモちゃんはどうするの?」
「……」
体が動かない。
ひびきちゃんがぜんぜん別人のようだ。
ひびきちゃんはいっこうに視線をそらさない。
目が怖くてたまらない……。
「ねえ、……ひびきちゃんだよね」
「……」
「……あたしね、そんなにひどい男子ばかりじゃないと思うんだ」
「……」
「わかりあえると思ってるんだ」
ひびきちゃんは首を横に振った。
「……ごめん」
そしてゆっくり立ち上がるとわたしの手を取り、やさしく引っぱり起こしてくれた。
ひびきちゃんは草も払わないまま、両手でわたしの手を包む。
「……あたしね、告白されて、怖かったの」
そう呟くと、ひびきちゃんはわたしをぎゅっとハグした。
そして、
「怖かったの……」
そう何度も繰り返した。
ひびきちゃんの手がわたしの背中で震えている。
え? え? え?
ひびきちゃんはわたしの左肩に顔をうずめ、声を殺して泣き始めた。
ああ、クラス一の変人は、ほんとうはこんなにピュアな人だったんだ……。
ぜんぜん分からなかったよ。
わたしはひびきちゃんの背中をゆっくりとさする。
もう、こんなに草まみれになっちゃって。
なんだかわたしまでもらい泣きしちゃったじゃないか。
※ 「触れてるだけのキス」というコトバはスピッツ「俺のすべて」(「花鳥風月」1999 収録)からいただきました。こちらから聴けます。https://www.youtube.com/watch?v=GgWdrmLGf1M
※ ★の評価や〈いいね〉、感想をひと言いただけると励みになります。よろしければご協力お願いします。