166 堕落
登場人物
・柊響(ひびきちゃん)中一女子
・早川貴子(キーちゃん)高三女子で早川智子の姉
はじめての混乱の夜、わたしたちはシーリングライトも消さずに布団の中へ潜り込んで横向きに向かい合っていた。
キーちゃんは目を閉じてわたしの貧相な体を抱き寄せる。
温かい鼻息が目にかかる。
わたしも目を閉じた。
触覚が鋭くなる。
キーちゃんの手のひら、そして唇がわたしのいろんな箇所を這い回る。人にベタベタされるのをずっと嫌ってきたわたしは、ほんとうはそうしてもらうのを誰よりも強く望んでいたことを三年ぶりくらいに思い出す。
わたしはキーちゃんの柔らかい部位に手を置いて、その柔らかさを確かめる。ずっとそうしたかったことを思い出しながら。
わたしは目を閉じたまま尋ねた。
「……キーちゃんはこんなことして楽しいんですか?」
素朴な疑問だった。わたしには男の人が好きな女の人の気持ちが何一つわからないからだ。
キーちゃんは返事をする代わりに、唇を重ね、舌を入れてきた。
キーちゃんの舌は独立した原生生物のようにわたしの口腔を探索する。わたしはその原始的な生き物に自分の舌をからめ、ヌメヌメとした知性のない挨拶を交わす。
やがてキーちゃんの舌はわたしの口腔から離れ、わたしは半開きの口から2人分のよだれを垂らす。
口を離れたキーちゃんの舌はわたしの体を顎、首、肩と降りていき、腋へと向かう。
わたしは腋を固く締め、「そこはダメです」と囁いた。
「なんで?」とキーちゃんが囁く。
「臭いです」
「ほんのり香るのがいいんじゃない」
「それに、剃ってないんです」
「ワイルドね。なんだか男の子にしてるみたい」
キーちゃんはそう言ってわたしの手首を握り、わたしの腋を広げて顔を埋める。
「やっぱりいい香り」
「くすぐったいです」
キーちゃんはわたしの腋毛を唇で挟んでやさしく引っ張る。
「それにしても芸術的に繊細な腋毛だよねえ。記念にとっておくといいよ。いまに憎たらしい剛毛に変わっちゃうんだから」
わたしは目を開け、壁掛け時計に目をやる。チーちゃんたちの五〇分タイムが終わるまであと二〇分ある。
わたしはあと五分だけ堕落することにした。
わたしたちは服を着ながらいつもの関係に戻っていった。
わたしはすっかり元の姿に戻ると、何を話していいのか分からなかったので、
「何を話していいのか分かりません」
とありのままの気持ちを伝えた。
「ひびきちゃんが激しいから、あたし、ちょっとドキドキしちゃった」とキーちゃんは言った。
「……すいません」
たぶん今、わたしの両耳は強烈に赤くなっている。
「あやまらなくていいのに」とキーちゃんは笑って言った。
「すいません。あたしが男じゃなくて」
「男はいいの」とキーちゃんは言った。「っていうか、男は当分ムリ」
「それってどういうことですか⁉」
わたしはキーちゃんが残酷な人であることも忘れて、ついぬか喜びをしてしまった。性的指向がそんな簡単に変わるはずもないなんて当たり前のことすら頭から吹き飛ぶほどに。
キーちゃんの答えは驚天動地そのものだった。
「あたし、春からアイドルになるの」
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