164 雪嵐
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・稲垣良美(ガッちゃん)久保田友恵の同級生でクリスチャン
早歩きでズンズン歩くガッちゃんをわたしは小走りで追いかけた。
ガッちゃんはトイレの前を素通りし、階段を上へ上へと登っていく。
二階、三階、そして一番上の、吹奏楽部の練習音が響く四階へ。
四階廊下をガッちゃんは歩調を緩めず進み続け、わたしも小走りで後に付ける。
やがて屋根のない渡り廊下の前まで来ると、ガッちゃんは外へ通じる扉を開け、上履きが濡れるのもお構いなしに雪の積もる外へ出た。
わたしも外へ出る。両足が膝下まで雪に埋まって、冷たいと言うよりもむしろ痛い。
渡り廊下の真ん中で、ガッちゃんはようやく歩みを止めた。
「願いは叶ったね」とわたしはガッちゃんの背中に言った。
振り向いたガッちゃんは口を固く閉じてなにも言わない。
「なんか、あっけなかったよね」とわたしは笑った。「あたしたち、バカみたいに遠回りしちゃったね」
上の階は風も強い。日本海の水分をたんと含んだぼた雪が横殴りにわたしたちの肌を痛めつける。
ガッちゃんが口を開く。
「トモちゃんはもしかして、このためだけに、あんなことを……」
「そうだよ」とわたしは答えた。
「信じられない……」
そう漏らすガッちゃんは心の底から呆れている様子だった。
「アハハ、信仰の薄い者よ」
わたしがそう言うと、ガッちゃんは少し笑って髪に積もった雪を払い落とした。
「トモちゃん、福音書も読んだの?」
「ひびきちゃんが〈わけわかんなかった〉って言うから、どんだけイミフなのかなあ、って思って読んでみたんだよ。あたしは結構おもしろいと思ったけどね」
強い風がごうと吹き、小さなわたしたちは体を持って行かれそうになる。
「あーあ、あたしの信仰はホントに薄っぺらだね。イヤんなっちゃうくらい」
ガッちゃんはそう言ってわたしをぎゅうっと抱きしめた。
「ありがとう……」
ガッちゃんは雪嵐の中、声を上げてずっと泣いていた。わたしを抱く両腕にもずっと力がこもったままだった。
わたしもつられて少し泣いてしまった。
ガッちゃんの嗚咽が静まってきたころ、わたしは変なことを思いついてしまった。
「ねえガッちゃん、古代ユダヤ人ごっこしない?」
わたしの意味不明な呼びかけに、ガッちゃんが泣き腫らした顔を上げる。
「……なにそれ?」
「ほら、古代ユダヤ人は、握手をするように……」
わたしはそう言って唇を突き出した。
「ええっ?」
「信仰の薄い者よ。ガッちゃんの大好きなイエス様だってしてチューしてたんだよ」
「まあ、そりゃあ、……そうだけど」
「あたしね、実を言うと、ガッちゃんとはじめて TEAVANA でお茶したときから、ガッちゃんの唇ってキレイだな、って思ってたんだ」
わたしはそう白状した。
「うそっ⁉」
「あたしね、結構がんばったんだよ。だから、ちょっとくらいは感謝されたいな」
「そりゃあもう、とっても、言葉で言えないくらいに感謝してるよ」
「違う違う。感謝は行動で示さないと感謝にはならない、って言ってたのはガッちゃんだよね。ホント信仰が薄いんだから。……もう、なんか醒めてきちゃったじゃないの」
するとガッちゃんは、わたしの唇にとても小さなキスをした。
「……はい、行動で示したよ。だからもういいよね」とガッちゃんは迷惑そうにわたしへ言った。「なんかホントにトイレ行きたくなってきちゃったよ」
「あたしも。一緒に行こう」
※ トモちゃん視点の6章は今回で終了です。30話くらいにするつもりが100話近くにまで伸びてしまいました。〈信仰を明かす〉という重苦しい内容の話に最後までお付き合いくださりありがとうございました。
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