162 シスコン
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生
・式波里砂(りさりさ)(クール担当、ベース)
・式波岳 中二男子でりさりさの弟、美術部所属
・稲垣良美(ガッちゃん)久保田友恵の同級生でクリスチャン
・児玉くん 久保田友恵の同級生で稲垣良美の片想い相手
・畠中祐生(ハタケ)久保田友恵のとなりの席のチャラい水泳部員
・増田敏生(マスオ)久保田友恵の同級生で硬派の剣道部員(肋骨骨折中)
・安倍晶(あーちゃん)久保田友恵の同級生で陽キャの美術部員
・川上風美(ふみちゃん)久保田友恵の同級生で陰キャの美術部員
「岳くんはね、こう言ったんだよ。『勉強する姉さんの姿が美しいと思ったからです』って」
「えーっ!」
「『シスコンだと言われてもかまいません。姉さんが美しいことを否定する気は毛頭ないです』っても言ってたんだ」
「強烈だね……」
でも、それって〈ヌメヌメ〉なんじゃ……。
「でね、ものの三〇分でスケッチができて、見せてもらったんだけど、それがホントに清らかでね、温かみがあって、ぜんぜんクールじゃなくて、でも描かれているのは確かにりさりさだったんだ」
式波さんといえば、思い浮かぶのはあの3−Cの教室でわたしが食らった〈ほとんど壁ドン〉だ。そんなクールなイケメン女子の式波さんはしかし、ひびきちゃんへ歌をプレゼントすることを思いつき、尽力した心優しい人なのだ。
「なんとも不思議な体験だったよ」
「ヌメヌメじゃなかったんだね」
「ぜんぜん。それに、りさりさも弟のシスコン発言の時は『死ねバカクソ』とか言ってたんだけど、スケッチができてからは『好きにしろバカクソ』としか言わなくなったんだよ」
「〈死ね〉が消えたんだね、アハハ」
「で、あたしは気づいたら岳くんとフツーに話してたんだ」
「そうなんだ」
「あたしにとって岳くんは、男子である前に一人の絵描きさんだったんだ。だからフツーに話せたんだと思う。で、思ったんだ。これはあたしの〈オマケ〉と〈本体〉の話と同じだな、って」
「じゃあマスオも、男子である前に一人の扇形の面積が知りたかった人だったんだね」
「そういうことだね」
ひびきちゃんはサラッとそう言った。
「そしてあたしもね、〈オマケ〉である以前に、一人の扇形の面積を教えたいと思う人だったんだよ」
日中も雪は降り続いた。積雪は三〇センチくらいだろうか。警報が出るほどではないが、明日の朝も雪かきは免れ得ない。
そして放課後。
けっこうな雪だし、今日はどうしようか、とハタケたちと話していたのだが、
「少しだけでいいから、お願い」
と訴えるふみちゃんの熱意に押されて、少しだけ読み会をすることになった。
ふみちゃんがアイディアを話し、あーちゃんが激しく同意し、ガッちゃんが歴史考証の視点から補足と修正を加える。ハタケとわたしはそれを傍観し、マスオはひとり扇形の面積を求める。ひびきちゃんはとっくに三年生の元へ行ってここにはいない。
と、その時だ。
いつもは終業後一目散に部活へ行く児玉くんが、今日はふらりとわたしたちのところへやってきたのだ。
「ねえ、みんな集まって何してるの?」と児玉くんが尋ねる。
「聖書を読んでるんだよ」とあーちゃんが答えた。「けっこう面白いんだよ」
そんなあーちゃんの呼びかけに児玉くんは「へえ」としか答えなかった。
この〈へえ〉は関心を持った証拠なのか、それとも無関心の相づちなのか、あるいは拒絶だったりするのか──。
わたしはガッちゃんのほうを見た。ガッちゃんはもう、今すぐこの場を逃げ去りたいと言わんばかりに、うつむいてカチンコチンになっている。
「お前、部活は?」とマスオが児玉くんに尋ねる。
「今日はなし。大雪になるから早く帰れって」
「じゃあ一緒に帰ろーぜ。部活バカのお前と帰れるなんて滅多にねーからなー」とハタケが言った。「だからちょっとだけ待っててよ。マスオと宿題でもやってるといいんじゃねー」
しかし児玉くんは「宿題はいいや」と言った。
えっ?
児玉くん、帰っちゃうのかな?
ねえガッちゃん、帰っちゃうよ!
なにもできずに固まってるの?
だが児玉くんは帰らなかった。そして、とても意外なことを口にした。
「聖書が面白いって、ホントなの?」
うん、これは明らかに関心を持っている人の発言だ。わたしは心の中でガッツポーズをして飛び跳ねた。
「マスオ以外はここにいるみんなが面白いと思ってるよ」とわたしは言った。この瞬間のためにわたしはがんばってきたのだ。ガッちゃんが言うべきことを言うまでは、ぜったいに児玉くんを帰してはいけない。
「へえ」
大丈夫。児玉くんの〈へえ〉は関心があることの証だ。
「児玉も読んでみなよ」とあーちゃんが言った。
「でも難しくない?」
「難しいよ、チョー難しい」とあーちゃんが答えた。「でもね、稲垣さんがめちゃくちゃ詳しいから大丈夫だよ」
「稲垣さんが?」
児玉くんはそう口にしてガッちゃんのほうを見やった。
窮鼠なんとやら。追い詰められたガッちゃんは、恐る恐る顔を上げ、児玉くんをじっと見上げた。
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