161 ゲンゲ
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生
・畠中祐生(ハタケ)久保田友恵のとなりの席のチャラい水泳部員
・増田敏生(マスオ)久保田友恵の同級生で硬派の剣道部員(肋骨骨折中)
・早川智子(チーちゃん)(元気担当、ボーカル、リーダー)
・式波里砂(りさりさ)(クール担当、ベース)
・式波岳 中二男子でりさりさの弟、美術部所属
夜から雪が降っていて、今朝は二〇センチほど積もっていた。なので今日は早朝に一家三人で玄関前とガレージ前の雪かきをしてきた。それはどこの家も変わらない。まだ夜が明けきれない中、ご近所同士であいさつを交わし、老若男女総出で雪をかき、わりと真剣に今日の天気の話をする──というのが北陸の日常風景なのだ。
かなりの高齢の人でも普通にスコップで雪をかく。高齢者はみな雪かきの大ベテランなので、ムダのない効率的な体の使い方が身に染みついているのだという。たいがいは苦い顔をして雪かきをしているのだが、わたしみたいな子どもがあいさつするととても嬉しそうな顔を返してくれる。
ちなみに今日は一日中雪で、あるいは大雪になるかもしれないという予報が出ている。
「トモちゃんおはよう」
そう言って玄関から出てきたひびきちゃんの髪型は、見慣れたストレートのセミロングではなく、おでこ丸出しのちょんまげだった。長い髪を全部まとめて頭の上で縛っている。
「髪型変えたの?」
「いやあ、雪かきしてたら額や首の汗が止まんなくてね。あと雪で床屋にも行けてないし、もうこれでいいやって思って」
ひびきちゃんは美容院を〈床屋〉と呼ぶ。
「なんだか早川さんみたいだね」
「じつはちょっと狙ってたりする。今日は解き直しで一緒に勉強するからね」
ひびきちゃんはそう言って前を向いた。初めて見るひびきちゃんのうなじは真っ白で、繊細な美術品のようだった。
わたしたちは雪を真上から踏み潰すようにして歩く。
「ねえ、あたしも勉強教えてほしいな」とわたしは言った。
「いいけど、どっか分かんないとこあるの?」
「今んとこは、ない」
「じゃあ教えられる事なんてないなあ」
「なんかさ、マスオがうらやましくって」
マスオに勉強教えてやってよ、と頼んだのは自分のくせに。
「増田くんは反応がすっごく素直だったから、教えててけっこう楽しかったな」
ひびきちゃんは楽しそうにそう言う。
「あのさあ、ひびきちゃんって、男子が苦手だったんじゃなかったの?」
「うん、苦手だったね」
「過去形?」
「ゲンゲみたいなもんなんだよ。あのぬめっとして見た目が気持ち悪い魚ね」とひびきちゃんは言った。「前は視界にも入れたくなかったけど、今はまあ、我慢すればなんとか食べられるくらいにはなれた、って感じかな」
「マスオもゲンゲなの?」とわたしは尋ねた。
「増田くんはぜんぜんヌメヌメしてなかったからけっこう平気だった。自分でもびっくりしたくらい」
「ハタケは?」
「ムリ。ヌメヌメしてる」
「見た目はアレだけど、すごくいい奴なんだよ。それにあんなナリで読書家だったりするんだよ」
「うん、上物のゲンゲであることはわかるけど、だからといって食べたいとは思わないんだ」
「マスオだったら食べてもいいの?」とわたしは尋ねた。冗談半分、不安半分。
「トモちゃんはあのBLの二人に影響されてるみたいだね。健全な証拠だよ」とひびきちゃんは言った。
「どこが健全なの?」
「あたしは増田くんを食べるくらいなら、トモちゃんのほうを食べちゃいたいな」
そう言ってひびきちゃんは笑った。わたしも愛想笑いをしたが、ホントに食べられそうな気がして内心はドキドキだった。
「りさりさに岳くんっていう、いっこ下の弟がいてね」とひびきちゃんは言った。「姉に似て整った顔立ちで、勝ち気な姉の尻に敷かれて喜んでるような、そんな穏やかな人なんだ。そしてぜんぜんヌメヌメしてないの。なんたって彼女さんがいるからね」
ヌメヌメとはなんだろう?
「仏間でりさりさと勉強してるとね、岳くんが二階から降りてきてあたしたちのスケッチをし始めるんだ」
「へえ、絵を描くんだ」
「美術部なんだよ。で、なんであたしらの絵を描くのか、って当然訊くよね?」
「うん」
「なんて答えたと思う?」
※ ★の評価や〈いいね〉、感想をひと言いただけると励みになります。よろしければご協力お願いします。
※ なろう非会員の方は X(twitter): https://x.com/super_akaname からどうぞお気軽に。