157 サムエル
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・畠中祐生(ハタケ)久保田友恵のとなりの席のチャラい水泳部員
・安倍晶(あーちゃん)久保田友恵の同級生で陽キャの美術部員
・川上風美(ふみちゃん)久保田友恵の同級生で陰キャの美術部員
・稲垣良美(ガッちゃん)久保田友恵の同級生でクリスチャン
「ねえ、……訊いてもいいかな?」
ふみちゃんが隣のハタケに尋ねた。
「いいよー」
「ハンナはね、ペニナにだけ子どもがいて、自分にはいないから、自分にも世継ぎが欲しくて、男の子を望んだんだよね」
「まあ、きっとそーなんだろね」とだけハタケが言う。ガッちゃんの手前、知ったかぶりな発言は封じられてしまっている。
「なのに、せっかく産まれた男の子を、なんのためらいもなく神殿に授けるって、なんか、変」
「それ、あたしも思った」とわたしはふみちゃんに同意した。
「夫のエルカナもね、好きにしなよ、って、まるで、晩ご飯はなんでもいいよ、みたいな感じで、変」
「それもそうだね」とわたしは言った。そこはぜんぜん気にしていなかった。
「神さまにお願いしてできた子どもは、神殿に授ける、って風習だったのかな?」とふみちゃんは尋ねた。
「そーしたらさー、神殿が子どもだらけになっちゃうよー」とハタケが答えた。
「じゃあ、ハンナも、エルカナも、頭が変、ってこと?」とふみちゃんが尋ねる。
「うーん、そんなにきちんと考えて読んでなかったなー」とハタケは言った。
「ここはただのプロローグなんだよ。だから読み飛ばしても大丈夫だよ」とわたしは付け足した。
「いや」とガッちゃんが口を開いた。
「あたしもいま読み始めたばかりだからわかんないけどね」とガッちゃんは前置きした。ああ、そういう設定なんだ。
「はじめは自分も世継ぎが産みたいってエゴしかなかったのかもしれないけど、今では大事な大事なたった一人の男の子ですら、ためらいもなく神殿に捧げられるほどに、ハンナという人は敬虔なんだ、そして夫のエルカナも、そんなハンナの敬虔さを最大限尊重できる人なんだ、ってことをここは言いたいんじゃないのかな?」
「稲垣さん鋭いなァ!」とあーちゃんが感心した。
「腑に落ちた」とふみちゃんが呟いた。
「トモちゃん、物語を書く人が、一番力を入れるのが、プロローグなの」とふみちゃんはわたしに言った。
「そうなんだ。さすがは作り手だね」
「だから、読み飛ばしてもいいプロローグなんて、ないの」
「うん」
「読む側は、プロローグを手がかりに、頭の中に柱を建てるの。そして読み進めていくうちに、屋根ができて、壁ができて、床ができて、やがて家になるの。だから、最初の柱が歪んでると、家は潰れてしまうの」
下校時刻になり、ふみちゃんはあーちゃんにスマホを返した。
「あ、なんかいっぱい通知きてる!」とあーちゃんは言った。「でも超ウザい」
「ねえ、ウザいなら、見るの、やめようよ」とふみちゃんが言った。
「うん、やめる」と、スマホ中毒のはずのあーちゃんはすんなりと宣言した。「これ、明日もやろうよ! ねえ稲垣さん!」
「そうだね。安部さんが一緒に読んでくれるのなら」とガッちゃんは言った。
「あーちゃん、通知がいっぱいって言ってたけど、ハブられたんじゃなかったの?」とわたしは尋ねた。
「知らない! どーでもいい!」とあーちゃんは答えた。
「そうだよね、どーでもいいよね」とわたしは同意した。
「うん。ふみちゃんがいてくれれば、そーゆーの、ホント、クソどーでもいい!」とあーちゃんは言ってスマホの電源を切った。「今日、ふみちゃんにスマホを預けて、そのことがわかったんだよ」
「二人は絵を描くんだよね」とガッちゃんが尋ねた。
「絵っていうか、イラストだけどね」とあーちゃんが答えた。「あたしは下手だけど、ふみちゃんはすごいんだよ」
「サムエルってどんな子なのかな、って検索してみたんだけど」と、ガッちゃんは二人にスマホを見せた。
「うわっ、ショタだよショタ! 完璧なショタ!」とあーちゃんがふみちゃんの肩をペチペチ叩いて言う。「ねえ、神殿に大きなお姉さんとかいたりしないの?」
「女の人はいねーんじゃねーかな」とハタケは答えた。「デブの爺さんとそのバカ息子二人がいることは分かってる」
「それじゃあ話が膨らまないね」とあーちゃんはふみちゃんに言った。
「でもさー、神殿だから、身寄りのない少年とかはそれなりにいたんじゃないのかなー」
「……そこは、なにも書いてないの?」とふみちゃんが尋ねた。
「ああ」
「じゃあ、自由に考えても、いいのね」
「ああ」
するとふみちゃんは不気味な笑みを浮かべた。
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