156 わんきょく
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・稲垣良美(ガッちゃん)久保田友恵の同級生でクリスチャン
・畠中祐生(ハタケ)久保田友恵のとなりの席のチャラい水泳部員
・増田敏生(マスオ)久保田友恵の同級生で硬派の剣道部員(肋骨骨折中)
・安倍晶(あーちゃん)久保田友恵の同級生で陽キャの美術部員
・川上風美(ふみちゃん)久保田友恵の同級生で陰キャの美術部員
「ハタケは読書の師匠なんだよ」とわたしはあーちゃんに言った。「こう見えてすごい読書家なんだよ」
「えー、ウソだー」とあーちゃんが言った。「読書家ってのはね、銀縁メガネをかけて、さらさらヘアーで、華奢な体で、口数が少ないんだよ。ハタケはなに一つ当てはまってないじゃん」
「おーい、オレはスイマーなんだよー。読書はただの娯楽なんだよー。っていうかオレ、いつ師匠になったんだァ?」
「だからさ、あーちゃんも弟子入りしなよ」とわたしは誘った。「あたしも読書なんてぜんぜんしない人だったけど、読んでみたらスマホいじってるよりずっと面白かったよ」
しかしスマホ中毒のあーちゃんはなかなか落ちない。
「……あたし、弟子入りしたい」とふみちゃんが言った。「スマホで、出だしをちょっとだけ読んだけど、難しそう……」
「ふみちゃんも読書家なんでしょ?」とわたしは尋ねた。
「ちがう」とふみちゃんは答えた。「あたしはね、書くばっかりで、読むほうは、あんまりなの」
「だってさ」とわたしはあーちゃんに言った。「あーちゃん、どうする?」
「……わかったよ、ふみちゃんがそうするのなら、あたしも弟子入りするよ」
「ハタケ、よかったね。ハーレムだよ」とわたしは言った。
「じゃあ、三人でオレを奪い合ってくれるのかなー?」
「まさか」とあーちゃんは冷たく言った。
「アハハ、でもぜんぜんOKだよー。肩幅の狭い女子とお話しできるだけでオレは大満足なんだよー」
「今日の放課後は?」とわたしは尋ねた。
「いいよ」とあーちゃんが言った。ふみちゃんもうなずいた。
「部活は大丈夫なの?」
「部活なんだけどさあ」とあーちゃんが愚痴っぽく言う。「三年生が引退して、新しく副部長になった人がめっちゃ怖くて、〈無駄話するやつは迷惑だから来るな!〉とか言うから、なんか行きづらくて」
「そうなんだ」
「部長はやさしいんだけどね」
「ふみちゃんも行きづらくなったの?」
わたしはそう尋ねたが、ふみちゃんは返事をためらった。
今日はマスオが通院の日だったので、放課後はハタケ、あーちゃん、ふみちゃん、わたしの四人で机をくっつけた。
「川上さんはオレの隣に座って。知ってることを教えるから」
「えー、ちょっと待てよ」とあーちゃんが不平を言った。
「安部はトモちゃんの隣で、まあテキトーにやってくれよ。読みやすいでっかいほうの本を渡すから」
ハタケは師匠のようにわたしたちに指示を出した。ハタケはわたしがハブられた発端があーちゃんにあるのを知っていたので、わざと隣に座らせてわだかまりを解かせようとしたのだろう。
読み始めてしばらく経ったが、あーちゃんは一向にページをめくらない。
「読んでる?」とわたしは小声で声をかけた。
「読んでるけど」とあーちゃんは言った。「頭に入らない」
「登場人物がどかっと出てくるのって最初だけだから。紙にメモするといいよ」
「いや、そういうんじゃなくて」
「スマホの禁断症状?」
「そう。バカだよね」
「ふみちゃん」とわたしは声をかけた。「あーちゃんのスマホ、預かってくれないかな?」
ふみちゃんはうなずいた。あーちゃんはふみちゃんへ大人しくスマホを渡した。
「ねえ」とあーちゃんはわたしに小声で尋ねた。
「なに?」
「〈エルカナは妻ハンナを知った〉っておかしくない? 妻だから知ってるのは当たり前じゃん」
そう来たか。
「あーちゃん、この〈知る〉ってのはね、〈エッチする〉って意味なんだよ」
「……それ、いいねえ!」とあーちゃんは声を上げた。「〈知る〉が〈エッチする〉だなんて、奥ゆかしいよ! こういうのって〈わんきょく〉っていうんだっけ?」
「婉曲ね」
ガッちゃんが教室に入ってきた。
「あれっ、帰ってなかったの?」とわたしは尋ねた。
「今日は図書室の掃除当番だったのよ」とガッちゃんは答えた。
「ねえねえ稲垣さん!」とあーちゃんは声をかけた。「いま聖書読んでるんだけどね、おもしろいんだよ!」
「へえ、そうなんだ」とガッちゃんは答えた。
「〈知る〉が〈エッチする〉って意味なんだよ! なんか〈わんきょく〉でよくない⁉」
「へえ、そりゃあ実に〈わんきょく〉だね」
「でしょ⁉ よかったら一緒に読んでみない? 聖書にはBLネタが詰まってるってハタケが教えてくれたの!」
※ ★の評価や〈いいね〉、感想をひと言いただけると励みになります。よろしければご協力お願いします。
※ なろう非会員の方は X(twitter): https://x.com/super_akaname からどうぞお気軽に。