155 弁解
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・安倍晶(あーちゃん)久保田友恵の同級生で陽キャの美術部員
・川上風美(ふみちゃん)久保田友恵の同級生で陰キャの美術部員
・畠中祐生(ハタケ)久保田友恵のとなりの席のチャラい水泳部員
・稲垣良美(ガッちゃん)久保田友恵の同級生でクリスチャン
・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生
朝、教室の席に着くなり、あーちゃんとふみちゃんがわたしのところへ来た。あーちゃんはわたしに対してもふみちゃんの盾になっている。
「ふみちゃんがね、話を聞かせてほしいな、って」とあーちゃんが言った。
「うん」
わたしは返事をして、あーちゃんのうしろで押し黙っているふみちゃんの様子を覗いた。昨日の柔道の見学のときは和やかだったのに、いまはなぜか表情が硬い。
ふみちゃんが何も話さないので、わたしは「趣味があるのっていいね」とふみちゃんに言ってみた。「あたしは趣味とか何にもないから」
するとふみちゃんが口を開いて弁解した。
「ちがうの。あたしはね、そういう趣味じゃないの。……ただ、美しいものが好きなだけなんだから。あーちゃんが勘違いしてるだけなんだから」
ああ、BL好きってのは内緒だったんだな。そういえば崇拝される理由を訊いたとき〈恥ずかしい〉って言ってたしな。
「美しいものが好きで、それを自分で描き出すなんて、ホントにすてきな趣味だよ」とわたしは美術部の二人に言った。
「トモちゃんたちが、いいモチーフを知ってるって、あーちゃんが教えてくれて、それで、ちょっとお話を聞きたいなって思って……」
「この話はね、〈ちょっと〉じゃなくて、けっこう長いんだ」とわたしは言った。
「あ……」
「でもね、何億人もの人が知ってる話だから、世界中に発信できるよ」
「いや……、世界ってのは、ちょっと……」
「ふみちゃん、世界だってよッ!」と、あーちゃんがふみちゃんの肩に手をかけた。ふみちゃんはただ苦笑いした。
「じゃあ昼休みにね」とわたしは言った。よろしくねー、とあーちゃんは答えた。
「おはよー」と隣の席にハタケが座った。「トモちゃん、なんだかゴキゲンだねー」
「家に帰って〈カプ〉ってのを調べたんだよ」
「トモちゃん、声が大きいよー」
「ごめんごめん」
「こういうのは内輪でこっそり話すもんなんだよー。とくに男子がいる場所ではねー。安部のやつがおかしいだけなんだ」
「なんか、あたしの知らない世界がバーッと広がってるのを知って、もうびっくりしちゃったんだよ。ああいうのもある種の〈世界観〉なのかな?」
「そうかもしれないけど、オレはそんな〈世界観〉はヤだなー」
「あたしも同じ女のはずなのに、見てもさっぱり訳が分かんなかったの」
「そう。で、なにを見たの?」
「同人誌の試し読み」
「あー、そいつはムリだー。あーいうのはヘンタイ道を極めた達人じゃないと。お子ちゃまにはとてもとても」
「じゃあ同人誌ってのは〈ヨブ記〉みたいなもんだ」
「そう思ってる人、たぶん地球上でトモちゃん一人だと思うよー、アハハ」
昼休み、ひびきちゃんはガッちゃんを誘って外へ出て行った。ガッちゃんと話すのが楽しいのかな。
給食を終えたあーちゃんとふみちゃんがわたしの席へやってきた。
「さ、お話しして」とあーちゃんが言った。
「まずは聖書アプリを入れて」とハタケが二人に言って自分のスマホを見せた。「このアイコンのやつね。うざい通知とかなんにもないし、縦書きだからこれがいい」
わたしたちの学校では、昼休みだけはおおっぴらにスマホが使える。
にしても、アプリなんてあったんだ。
「入れたよ」とあーちゃんが言った。
「じゃあ〈サムエル記上〉ってのを開いて。それで読めるから」
「ありがと。じゃあ読んでみるよ」
「でもね、たぶん読めないよー」とハタケは言った。
「課金あんの?」
「課金はないよー」
「じゃあなんで読めないの? 本だってしょせんただの文字でしょ。読めるよ」とあーちゃんは反論した。
「安部さあ、本なんか読まないでしょ」
「悪い?」
「スマホの光を浴びるとね、人は興奮しちゃうんだよ。だから LINE で盛り上がりたいときはそれでいいんだけど、聖書みたいな重厚な本に落ち着いて向き合うには、スマホはぜんぜん不向きなんだなー」
「……うん、わかる」とふみちゃんがやっと口を開いた。「電子書籍だと、なんか、内容が上滑りして、頭に入ってこない感じがするの」
「だから、しばらくは紙で読むのを勧めるよ」
「二冊あるから、二人で読めばいいよ」とわたしは言った。「ウチらはだいぶ慣れたからスマホでも読めるし」
「二人、仲いいんだね」とあーちゃんが言った。
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