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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第六章 久保田友恵と稲垣良美
154/334

153 捨松

登場人物

・久保田友恵(トモちゃん)中一女子

・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生

・畠中祐生ゆうき(ハタケ)久保田友恵のとなりの席のチャラい水泳部員

・増田敏生としき(マスオ)久保田友恵の同級生で硬派の剣道部員(肋骨骨折中)

・安倍あきら(あーちゃん)久保田友恵の同級生で陽キャの美術部員

・川上風美ふみ(ふみちゃん)久保田友恵の同級生で陰キャの美術部員

挿絵(By みてみん)


「それ使えるかも!」とあーちゃんは喜んだ。「ふみちゃんはね、寸止めの人なの。さんざん盛り上げといて、さあこれから、ってとこで筆を置く人なの。あとはみなさんご自由に、って。ね、すごいでしょ!」

 わたしはなにも共感できなかったが、これは放課後の仲間を増やすチャンスだ、とは強く思った。

「よかったら明日いっしょに読もうよ。サムエル記だけなら少しは分かるから」とわたしはあーちゃんを誘ってみた。

「うん、ふみちゃんに話してみるよ。じゃあ」とあーちゃんは言って帰った。


「あいつ絶対、オレたちをカプにしてた。目つきで分かる」とマスオはハタケに言った。

「目で分かるのかー? おめー、すげーなー」とハタケが言った。

「ねえ、〈カプ〉って何なの?」とわたしは二人に尋ねた。

 トモちゃんは知らなくていいよ、知らないに越したことはないよ、と二人はわたしに言った。


 朝。

 月曜深夜の大雪から二日経ち、地表の土ごと路肩に積まれた薄茶色い雪はだいぶ固まっていた。

 気温が少し上がると雪の表面は溶けて水になり、流れた水がふたたび雪に冷やされ氷になる。こうやって雪が氷のようになると春まで溶けずにずっと路肩に居座ることになり、融雪装置もなく除雪も入らない通学路の小道は道幅がずいぶんと狭くなる。そして水の一部はアスファルトまで流れてくるので道はいつも水浸しで、雪や雨が降らなくてもスノーブーツは欠かせない。

 もちろん空は曇天。そして立山の真っ白い壁が視界の三方をさえぎる。海側だけかろうじて開いているのがせめてもの慰めだ。


「明日と明後日が三年生の校内学力調査なんだ。入試前の最後のテスト」とひびきちゃんは言った。

「そう。じゃあまた付きっ切りになるの?」

「いいや」とひびきちゃんは返事をした。「捨てて待つ」

「は?」

「明治のはじめ頃にね、山川捨松(すてまつ)って女の子がいたんだ」

「ずいぶん変わった名前の女の子だね」

「元々は〈さき〉っていうフツーの名前だったんだけど、親がね、十一歳の娘をアメリカに十年間留学させることにしたんだ」

「十年も⁉」


「ウチらより二つも下なのにね。ねえ、もしトモちゃんが親から〈今から十年アメリカに行ってきてよ、その間日本には一度も帰れないけど〉って言われたらどうする?」

「そりゃあ断るよ」

「でも捨松の場合、留学は父親の決定だったから母も娘も断れなかったんだ。当時の妻なんてのは下女に毛が生えたような立場だったからね。で、そのときに母親が娘の名前を〈捨松〉に改名したんだよ。〈()てたつもりで送り出し、ずっと帰りを待っ(●●)ている〉って意味を込めて」


「タフなお母さんだね」とわたしは言った。

「だって無茶でもしなきゃ植民地にされる時代だもん。みんなタフだったんだよ」

「そっか」

「捨松はね、津田梅子といっしょに留学した人なんだよ。帰国後は日本語忘れちゃってたせいで苦労したんだけど、がんばって自力でのし上がっていった人なんだ。で、津田塾を作ったのは梅子なんだけど、人やお金を工面したのはこの捨松なんだ。だから捨松がいなかったら津田塾はなかったかもしんないんだよ」

「すごい人なんだね」

「だからね、捨てて待つのもいいのかな、って思ったんだ」


「ひびきちゃん変わったね。今までは三年生のことでずっとテンパってる感じだったけど」

「今でもずっと海の中にいる気分なんだ」とひびきちゃんは言った。「プレゼントを受け取るってのはこういうことだったんだ、って、あのとき生まれて初めて分かったんだよ」

 ひびきちゃんはとても穏やかな表情をしてそう言った。ほんとうにこの聡明な女の子は、親以外の誰からも何ひとつ受け取ったことがなかったのだ。わたしは、自分も少しは役に立てたのかな、と思った。


「お礼をされたのはね、ひびきちゃんが頑張って勉強を教えてあげたからだよ」

「いや、それは……」

「もしひびきちゃんが上から目線で冷たく当たってたら、あんな風に感謝されたりはしないよ。心から〈合格してほしい〉って願ってたから嫌いなあいみょんも歌ってくれたんだよ。それはオマケのほうじゃなく本体がしたことなんだから、自信を持っていいよ」

「ちがうよ」とひびきちゃんは答えた。

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