149 見学
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・稲垣良美(ガッちゃん)久保田友恵の同級生でクリスチャン
・安倍晶(あーちゃん)久保田友恵の同級生で陽キャの美術部員
・川上風美(ふみちゃん)久保田友恵の同級生で陰キャの美術部員
今日の体育の授業は柔道の立ち技の乱取り稽古で、六人が生理痛で見学した。十八人中六人──統計的にあり得ない数だ。しかしそのおかげで〈ズルしやがって〉というわたしへの非難のまなざしはずいぶんと和らいだ。
わたしの隣には同じくズル休みのふみちゃんが座っている。
ひと組を除き、みんな手を抜いてダラダラと組み合っている。ちょっと足を引っかけられると、わざとらしくお尻からごろんと転んで、じゃあ今度はあたしの番ね、などとニコニコしながら遊んでいる。
しかしガッちゃんだけは体育の時間も真面目ひとすじだ。相手はあーちゃん。あーちゃんこと安倍晶は出席番号が一番で、ガッちゃんこと稲垣良美は二番。だから二人はいつも一緒に組まされるのだ。
かたや美術部、かたや図書部。文化部どうしの二人はわたしたちの目の前で白熱した互角の戦いを繰り広げている。
「あーちゃんはガッちゃんが相手でかわいそうだねェ」とわたしは隣のふみちゃんにつぶやいた。「ぜんぜんラクができなくて」
「トモちゃん……」と、ふみちゃんが囁くようにわたしの名前を呼んだ。
「え、なに?」
「あーちゃんのこと、怒ってないの?」
「怒ってないよ」とわたしは即答した。「気を悪くさせてしまったのはあたしのほうなんだから、あたしは悪口を言われても当然なんだよ。怒るわけないよ」
バテて棒立ちになったあーちゃんの両足の間に、体を沈めたガッちゃんが右足をスッと入れてあーちゃんのかかとを蹴り上げた。きれいな大内刈りだ。しかしあーちゃんは掴んだ襟を離さなかったので、ガッちゃんも一緒に床に倒れた。
「あーちゃんはね、誰かにムカついたらあまり考えもせずにその人の悪口を言っちゃう人で、それはあーちゃんの悪いところなんだけど、でも一通り悪口を吐いて、周りの人から〈うんうん、そうだね〉って言ってもらえると、それでもう満足しちゃって、悪口を言った相手に〈あんなこと言ってごめんね〉なんて謝ったりする人なんだ」
「ずいぶんと調子がいいね」と私は言った。「いつかこっぴどい目に遭うよ」
あーちゃんがガッちゃんを力で押して後退させる。そして不意に力を緩めると、今度はガッちゃんが前に押して出る。そのタイミングであーちゃんは右に動き、前のめりになったガッちゃんの膝の裏を右足で蹴る。ガッちゃんは背中から真下にストンと落ちる。これまたきれいな小外掛けだ。
「いまちょっとその、こっぴどい状態なんだ」とふみちゃんは言った。
「そう」
「少なくない人があーちゃんにもやもやしてたみたいで、それが一気に噴出してるんだ」
「そりゃあ大変だね。なんかきっかけでもあったの?」
「……あーちゃんがね、言葉が汚すぎるよ、ってトモちゃんの悪口を言う人たちを責めたの。そしたら〈おめーが言い出したんだろ!〉とかみんなから言い返されて」
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