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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第六章 久保田友恵と稲垣良美
144/334

143 闘争心

登場人物

・久保田友恵(トモちゃん)中一女子

・稲垣良美(ガッちゃん)久保田友恵の同級生でクリスチャン

・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生

・堀井千代子(ホリー)中三女子(びびり担当、ギター)

挿絵(By みてみん)


「ホリーが変な誤解をしていなくてホッとしました」とひびきちゃんは堀井さんに言った。

「誤解?」

「たしかにあたしはムダに勉強ができるし、こういう家庭で育ってるから楽器も少しは弾けます。でもそれはオマケなんです。あたし本体ではないんです」

 ひびきちゃんはわたしへ言ったことをそのまま堀井さんにも言っている。ここのところずっとコレだ。次に来る言葉もだいたい想像がつく。


「あたし本体はただのダメ人間なんです。でも、ほとんどの人はオマケのほうのあたしに憧れを抱いてくるんです」

「それはね、ひびきちゃんの腰が低いからよ」と堀井さんは諭すように言った。「そうでなかったら憧れは嫉妬に変わってしまう」

「計算してそうしてるんじゃないんですよ」とひびきちゃんは訴えた。

「それは分かってる」と堀井さんはなだめた。「ひびきちゃんは演技はうまくないもの。顔に出やすいタイプ」

 そう言われたひびきちゃんは少し恥ずかしそうな様子でこう言った。

「ただ〈あたしなんかと仲良く接してくれて申し訳ない〉って思っちゃうから、ついそうなってしまうんです」


 ひびきちゃんは自分が空っぽだと本気で信じている。そして本気で悩んでいる。わたしはそれを頭ごなしに否定したが、そんなことを言ってもひびきちゃんの考えはまったく変わらなかったことが今改めてわかった。

 そんなわたしとは違って、堀井さんはひびきちゃんの自己認識を否定も肯定もしなかった。

「これはひびきちゃんの今後の人生のためにも知っておいてほしいんだけど」と堀井さんは言った。「ひびきちゃんの腰の低さは、ある種の人間の嫉妬心を余計に掻き立てたりもするんだよ」


「あたしは存在するだけでホリーを苛つかせてしまうんですね」とひびきちゃんは悲しそうに言った。「あたしは身を引くべきなんでしょうか?」

「あいみょんならそんなことは言わない」

「……」

「──と思って、以前、ネットであいみょん語録を調べてみたのよ。あいみょんは嫉妬心にどう向き合ってるのかな、って知りたくて」と堀井さんが言った。

「あいみょん語録はあたしたちの聖書ですもんね」

「で、あいみょんはこう言ってたのよ──〈私は闘争心を持ち続けたい〉って」


「シビれますね!」とわたしは思わず口にした。放課後の聖書読みというわたしの中の戦いにエールが送られた気がしたからだ。

 堀井さんはこう言った。

「あたし、その言葉を目にして、楽になったというか、体中がすっかり浄化された気分になったんだ。なーんだ、悔しかったらさらに上を目指して頑張ればいいだけなんだ、って」


「〈勝ちたい〉じゃなくて〈闘争心を持ち続けたい〉っていうのがいいですよね」と、ずっと黙っていたガッちゃんが口を開いた。「始まりは人との比較だったとしても、あくまで自分の問題に帰着させるところがかっこいいと思います」

「そうなの、あいみょんはかっこよさの塊なんだよ!」と、まるで自分が褒められたかのようにひびきちゃんが喜んで言った。そういえば、こんなふうに人に褒められて素直に喜ぶひびきちゃんをわたしは見たことがない。


「ねえ稲垣さん」と堀井さんはガッちゃんのほうに顔を向けた。「あたしたちの聖書〈あいみょん語録〉にはそんなふうに書いてあるわけなんだけど、稲垣さんの聖書には嫉妬についてなにか書いてあるのかな? よかったら数千年の叡智ってやつを聞かせてくれないかな?」

 そんなふうに聖書について問われても、もうガッちゃんは動揺なんかしない。ガッちゃんは五秒くらいで話を組み立ててから小さな口を開いた。

「聖書は嫉妬まみれの物語なんです。カインはアベルに嫉妬し、サウルはダビデに嫉妬し、神官たちはイエス様に嫉妬します。分厚い聖書の中に嫉妬の解消方法なんてどこにも書いてありません。書いてないということは、きっとないんです。第一、神みずからが〈私は妬む神である〉と語っています」


「へえ、キリスト教では神さまも嫉妬するんだ」と堀井さんは言った。「じゃあ、あたしが嫉妬するのもムリはないってことなのね」

 ガッちゃんはこう答えた。

「嫉妬には二種類あるんです。神は自分のものを奪われたとき、奪った相手を嫉妬します。これは正当な嫉妬です。逆に、他人のものをうらやみ、奪いたいと願うのは罪となる嫉妬です」

「へえ」とわたしはつい口にした。

「クリスチャンってすごくロジカルなのね」と堀井さんがちょっと突き放すように言った。

「違います」とガッちゃんは即座に否定した。


「あたし自身も罪な嫉妬にまみれてますし、ここにいる皆さんも多かれ少なかれそうなんじゃないんでしょうか」

 秋口までのガッちゃんは、ひびきちゃんにテストで勝とうと努力を重ね、ずっと敗れ続けていた。いっぽうのひびきちゃんはそんなガッちゃんの気持ちなんかまるで知らず、また何の努力もしていなかった。そして片思い相手の児玉くんが告白したのが、よりによってひびきちゃんだ。嫉妬しないほうがおかしい。いまこうして同じテーブルに座っているだけでも奇跡のようなものなのだ。


 ガッちゃんは話を続ける。

「だからあたしたちは嫉妬に心が乗っ取られる前に、時々立ち返る必要があるんです。立ち返る場所は聖書でも音楽でもあいみょん語録でも、邪悪なものでなければなんでもいいと思います。とにかく人間は弱いので、そういう拠り所がぜったいに必要なんです」

 圧巻の語りだった。


「ガッちゃんすばらしいよ」とひびきちゃんが言う。「でもそうだとすると、ばいきんまんは何を拠り所に生きていけばいいのかな?」

 一同が呆気にとられる。しかしひびきちゃんは至って真面目な様子だ。

「ねえひびきちゃん、何を言ってるの?」とわたしは諫めた。

「ばいきんまんから邪悪さを取り除いたら、立ち返るどころか存在自体が消えてしまうんだよ」

「ねえ、そんなのただの揚げ足取りだよ。どうしちゃったの?」

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