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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第六章 久保田友恵と稲垣良美
141/334

140 Rain

登場人物

・久保田友恵(トモちゃん)中一女子

・稲垣良美(ガッちゃん)久保田友恵の同級生でクリスチャン

・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生

・バンド〈デッド・ムーン〉メンバー

 ・早川智子ちこ(チーちゃん)(元気担当、ボーカル、リーダー)

 ・杉本鈴美(すずみ)(厨二病担当、キーボード+打ち込み)

 ・式波里砂(りさりさ)(クール担当、ベース)

 ・堀井千代子(ホリー)(びびり担当、ギター)

 ・谷絵里奈(えりな)(顔面担当、ドラム)

挿絵(By みてみん)


 ひびきちゃんはもうたまらないといった様子でキッチンから出て行き、ガッちゃんの向かいに座って二人の演奏をうっとりしながら聴いている。

 そんな平和な光景を眺めながら、わたしはタッパーをレンジにかけ、出来上がるのを待っている間に洗い物をする。

 申し合わせたわけでもなく、式波さんがなんとなく弾いていたベースへ、ごく自然に早川さんが歌を重ね、いつのまにか音楽が始まっている──。


 ... Hey Candy, take a walk on the wild side 〜♪


 曲の中盤で、演奏を聴いていた三年生三人が、デュ、デュデュ、デュ、デュ、デュデュ……、とコーラスをハモらせ始めた。

 ひびきちゃんが大喜びなのはもちろん、カチンコチンだったガッちゃんも今ではすっかり楽しそうに聴いている。

 わたしも洗い物の手を止めて聴き入った。

 音楽でみんなが一つになっている──なんてステキな光景なんだ、とわたしは心を揺さぶられた。


 曲が終わり、ひびきちゃんとガッちゃんが熱烈な拍手をする。

「みんなカッコイイー! ねえガッちゃん!」

「すばらしい演奏でした」とガッちゃんは照れくさそうに言った。「〈荒れた道を歩め〉って、なんかいいフレーズですね」

 ガッちゃんがそう言うと、ひびきちゃんが唐突に

「ねえ、聖書にそういう言葉ってなんかある?」

と尋ねてきた。


 ガッちゃんはぎょっとしたが、三年生たちが自分のほうを期待しながら見ているのに気づいて、仕方なくといった感じで口を開いた。

「荒れた道っていう表現はなかったと思うんですが、イエス様に洗礼を授けたバプテスマのヨハネは荒れ野に住んでいました」

「ほうほう」とひびきちゃんが感心する。三年生の人たちもますます期待を高めてガッちゃんを見ている。そんなみんなに気圧されるように、ガッちゃんは話を続けた。


「道でいうと〈滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い〉っていう句があります。だから狭くて細い道を歩みなさい、と言われます。問われているのははあくまで道の広さで、荒れているかではありません。聖書は石畳もろくにない古代の砂漠の物語なので、神殿を除くと、ほとんどの道が荒れた道だったからだと思います」(*)


「稲垣さんってすごいな」と早川さんが言った。「 “ take a walk on the wild side” って、この歌だと〈みんなと同じ道を歩くな〉とか〈勝手気ままに生きればいい〉ってのが直接の意味なんだけどさ、稲垣さんみたいな聖書の知識があると、なんかすごい重層的な意味を持ってる感じがしてくるな」

 ガッちゃんはクリスチャンであることを明かして動揺しているはずなのに、不意に褒められてすっかり赤くなっている。

「ほら、七〇年前後のヒッピー文化とかって、退廃的な悪いことばっかしまくって、結局行き着いた先が〈Let it be〉なわけじゃん。そういうのって、ウチらじゃどうしても感覚的にわかんないんだよね」


 初対面というせいもあるのだろうが、三年生の人たちはガッちゃんがクリスチャンであること自体には何の反応も見せず、ただそのまま受け入れていた。おそらくひびきちゃんは、この人たちなら大丈夫だと確信していたからこそ、唐突に聖書の話をガッちゃんへ振ったんだと思う。

 理科室の件もそうだけれど、ひびきちゃんには事がうまく運ぶことが事前にパッとわかってしまうんだろう。それはたしかにすごい能力だ。しかし、心の準備をする(いとま)を与えられないガッちゃんにしたらたまったものではないだろうな。


 レンジがピーと鳴った。

「あ、できた?」とひびきちゃんが尋ねる。

「まだ二つ残ってるから、あと六分」と私は答えた。

「じゃああと一曲できますね」とひびきちゃんは早川さんに催促した。

 すかさず式波さんが短いフレーズを弾く。

「ホリー、これいける? コードはGだよ」

「うん、たぶんいける」

 堀井さんの返事に式波さんは笑みを返すと、うねるようなベースラインを奏で始めた。

「ビートルズのレインですね!」とひびきちゃんが声を上げた。


 わたしはできあがった一個目のパンケーキを一口大に切りながら演奏を聴いていた。

 英語の歌詞が何曲も頭に入っているなんて、早川さんはホントにすごい。わたしよりもさらに小柄なのにバンドのリーダーを張れている理由がもうそれだけでわかってしまう。

 早川さんの歌に、式波さんと堀井さんの合いの手が時折入るのがなんともカワイイ。そしてサビの〈Rain〜、Rain〜、Rain〜〜〜♪〉の部分では三人の声がキレイにハモってじつにエモい。


 曲が終わるとほぼ同時にパンケーキがすべてできあがった。わたしは大皿三つに一口大に切ったパンケーキを盛り付けてリビングへ持って行った。

「トモちゃんすごいよ!」とひびきちゃんが褒めてくれた。床に座っている杉本さんと谷さんも、おいしいおいしい、と手づかみでパクパク食べてくれた。式波さんもベースをスタンドに立てかけ、アンプのスイッチを切って二人に合流した。

 わたしはみんなに喜んでもらえて嬉しい反面、これで演奏が終わってしまうのか、と残念でもあった。


 しかし堀井さんはこう言ったのだ。

「じゃあ全員そろったということで、ひびきちゃんへの日頃のお礼として、今から曲を披露したいと思います」



(*)マタイによる福音書 7章13-14

The Beatles - Rain

https://www.youtube.com/watch?v=cK5G8fPmWeA


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