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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第六章 久保田友恵と稲垣良美
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136 よろしく

登場人物

・久保田友恵(トモちゃん)中一女子

・稲垣良美(ガッちゃん)久保田友恵の同級生でクリスチャン

・児玉くん 久保田友恵の同級生で稲垣良美の片想い相手

・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生

・早川智子ちこ(チーちゃん)(元気担当、ボーカル、リーダー)

挿絵(By みてみん)


 ひびきちゃんはいつものように三年生のいる三階まで上っていった。

 ガッちゃんとわたしは靴箱を出たところで冷たくも爽やかな外気に当たりながら、三年生たちとひびきちゃんが降りてくるのをじっと待っている。

 さいわい雪は朝からほとんど降らず、積雪は朝と同じ10センチのままだ。


「さっきは LINE ありがとう」とわたしはガッちゃんにお礼を言った。

「余計なお世話だったみたいね」とガッちゃんがぼそっと言った。

「ハタケ、ガッちゃんと語り合いたいんだって」

「うん、聞こえてた」

「ハタケが児玉くんだったらよかったのにね」

「いいや」とガッちゃんは言った。


「聖書を読む人がクラスに二人もいてくれて、あたしはものすごく心強さを感じてるんだ」と、ガッちゃんは前を見たまま言った。わたしはガッちゃんの口から次々と吐き出される白い息を眺めて、きれいだな、と思った。

 わたしはずっと気になっていたことを尋ねた。

「信者じゃなくてもいいの?」

 それへのガッちゃんの答えは意外なものだった。


「正直なところ、信者かどうかなんてあたしにとってはどうでもいいんだ。(はりつけ)から二千年経っても相変わらず信者同士〈おまえが間違っている〉とか言っていがみ合い続けてるわけだし」

「カトリックとプロテスタントだね」

「東方正教会もね。ギリシアやロシアとかの金ピカのやつ」

「そういうのがあるんだ」

「あとアメリカのメガチャーチとか、韓国のカルトとか。あいつら絶対に聖書読んでない」

「いろいろあるんだね」


「キリスト教は〈聖書に書いてあることがすべてだ〉って教えなんだけど、ちゃんと聖書を読んでる信者って意外と少ないんだ」

「そうなんだ。あんなに面白いのに」

「だからあたしは、聖書を読まない信者よりも、喜んで聖書を読むトモちゃんやハタケのほうがよっぽど好きなんだ。これはお世辞じゃないよ。本心なんだ」

 ガッちゃんはそう言うと、わたしのほうを向いてやわらかい笑顔を返した。あの日 TEAVANA で見せた、壁の向こう側にいる柔和なガッちゃんの表情だ。


「ありがとう、ガッちゃんにそう言われて嬉しいよ。じつを言うと、信者でもないあたしなんかが面白半分で聖書を読んだりしていいのかな、って疑問はずっとあったんだ」

「誰だって最初はそうだよ。ぜんぜんOK」

「よかったぁ」


「でもね、トモちゃんが教室で聖書を読み始めたときは〈いったい何やってんの⁉〉って、その無神経さに怒りすら沸いたんだけど」

「ごめん。重くて持って帰るのイヤだっから、ってだけなんだけど」

「そう……」

 そんなため息のような返事をしたあと、ガッちゃんはわたしの顔を見て少し笑った。ウソがばれてるのかな?

 わたしが黙っていると、ガッちゃんはわたしから目をそらして再び前を向き、「まあいいや」とだけつぶやいた。


「おまたせー」とみんながぞろぞろ出てきた。三年生は勉強仲間の三人だけではなく五人全員がそろっている。

「あなたが稲垣さんかい?」と早川さんがガッちゃんに尋ねる。

「あっ、どうも初めまして、稲垣良美と申します」

 ガッちゃんは緊張気味にそう挨拶して堅苦しくお辞儀をした。

「まあまあ。あたしは早川。今日はよろしくな」と早川さんが気さくに言う。「首謀者ちゃん」

「いや、『よろしく』と言われましても、私は今日なにが行われるのかすら一切知らないのですが……」


「まあまあまあ」と早川さんが固くなっているガッちゃんの肩をぽんぽんと叩く。「『よろしく』ってのはだな、英語だと『My best regards』、直訳すると〈私の最大限の配慮〉だ」

 早川さんはあいかわらず発音がきれいだ。

「つまりさ、今日はウチらが稲垣さんを精一杯もてなすんだよ。だから稲垣さんはただ座ってればいいんだ」

 しかしガッちゃんは腑に落ちない様子だ。

「あのう、日本語で『よろしくお願いします』って言うと、相手に配慮を求める意味になるんですが……」


「英語だと真逆なんだよ。おもしろいよな。で、あたし個人は〈配慮してください〉なんてずうずうしくて陰湿なところがヤだなって思うし、〈精一杯もてなすぜ!〉ってほうがさっぱりしてていいなって思うんだけど」

 そんな早川さんの言葉を聞いて、わたしはガッちゃんが教えてくれた、奴隷が主人の足を洗う話を思い出した。奴隷は何の見返りも求めず、ただ主人への感謝の念のみで足を洗う。それと〈精一杯もてなすぜ!〉というのはまったく同じだなと思ったのだ。

「稲垣さんはどうかな?」

「私も激しく同意します」

「そっかあ。同士がいて嬉しいよ。……って、これぜんぶ柊の受け売りなんだけどさ、アハハ」


「ガッちゃんはホントに座ってるだけでいいんだから」とひびきちゃんが続ける。「でもトモちゃんはお菓子をなんとかしてね」

「ガッテン」とわたしは言った。

 ガッちゃんはひびきちゃんのほうを見て、やれやれ、とでも言いたげに苦笑した。

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