135 教会
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・稲垣良美(ガッちゃん)久保田友恵の同級生でクリスチャン
・児玉くん 久保田友恵の同級生で稲垣良美の片想い相手
・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生
・畠中祐生(ハタケ)久保田友恵のとなりの席のチャラい水泳部員
ガッちゃんとハタケとわたしでどっかの店に入り、サムエル記を語り合う図をわたしは想像した。
それはハタケにとってきっと楽しいひとときになるだろう。ガッちゃんも、もしかしたら喜んでくれるかもしれない。
しかしそれでは意味がない。
聖書の話で盛り上がるのは、ガッちゃんと児玉くんがいる空間でやらないと意味がないのだ。
「いやあ、誘ってくれて嬉しいけど、あたしは遠慮しとくよ」
「えー、なんでー」とハタケは文句を言う。ホントに悪いけど理由は言えない。
わたしのスマホがブルッと震えた。ガッちゃんからの LINE だった。
わたしは土日にネットで調べて、特定の人だけ LINE で通知が来るよう設定したのだ。今は親と、三年生の人たちと、数名のクラスメイトからの LINE だけ通知が来るようになっている。
ガッちゃんはすぐそこに座っている。まだ大勢がいる中では私たちの輪に加わることができないのだ。もう何人か加われば、あるいはガッちゃんも輪に入れるようになるのかな。がんばらないと。
LINE にはこうあった。
──教会に行けば教会の人が無料でいくらでも教えてくれます。私の通っている教会は信者でない人も大歓迎ですし、教会の人が入信を勧めてきたりは絶対にしないので安心してください。ただし教会の人も暇ではないので、電話で予約すると確実です。と畠中君にお伝えください。
わたしはハタケにすぐ転送し、ハタケはすぐに読んだ。
「だって。どう、ハタケ?」
とても親切きわまるお誘いだ。しかしハタケは「いやあ」とためらう。「あの世界観の内側へひとりで乗り込んでいくんだよね。ちょっとハードル高いかなー」
ハタケにそう言われると、わたしもそうとしか思えなくなってしまった。
「うん、高いよね」
そう、わたしたちはあの世界観へ思いを馳せるが、内側の人間になりたいという気は毛頭ないのだ。
あの世界観の内側へひとりで乗り込んでいく──もしかしてガッちゃんもこういう気分なのかな? 神仏習合の多神教の世界へひとり乗り込む一神教の小さな女の子──。そうだとしたら、毎日それをやってるガッちゃんってすごい人だよな。
「ハタケ、彼女は毎日それをやってるんだよ。しかもぜんぜん歓迎されない中で」
「……」
そーだよなー、すげーよなー、とか返してくるとばかりわたしは思っていたのだが、ハタケはただ無言のまま腕組みをして目を静かに閉じている。
「どしたの?」
「……あの LINE だけどさ、ヨブ記を読めって言ってんだよねー」
「ちがうよ。読むなって言ってるんだよ」
「信者しか読む必要がないって言ってたよ」
「そうだよ。だからウチらは読む必要がないって……」
「つまり、ヨブ記ってのには、あの世界観のエッセンスが詰まってるってことだろ? じゃあ読まないって選択肢はねーよな」
ハタケにそう言われると、わたしもそうとしか思えなくなってしまった。今日二度目だ。
「わかったよ。じゃああたしも読むよ」
「えー? イヤならムリに読まなくてもいいじゃーん」
「だってハタケと感想を語り合うの、けっこう楽しいし」
「嬉しー。なんか『ド嬢』みたいになってきたねー」
「泥鰌?」
「『バーナード嬢曰く。』っていう本を語り合うマンガがあるんだよ! あのさー、トモちゃんホントなんも知らねーんだな。あの柊さんといっしょにいるクセして」
「あたしは自分の無知を知ってるからそれで十分なの」
「そいつは〈無知の知〉だな! ソクラテス! ムズくて読めなかったヤツだー!」
〈無知の知〉はひびきちゃんに教わった言葉だ。たしかそのときは、わたしの「へー」で話は終わった。
わたしが本を読まなすぎってのが一番悪いんだけど、そういえばひびきちゃんと本の話なんてしたことがないな。市の図書館によく通ってるみたいだし、どんな本を読んでいるんだろ?
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