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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第六章 久保田友恵と稲垣良美
135/334

134 ダビデ

登場人物

・久保田友恵(トモちゃん)中一女子

・稲垣良美(ガッちゃん)久保田友恵の同級生でクリスチャン

・畠中祐生ゆうき(ハタケ)久保田友恵のとなりの席のチャラい水泳部員

・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生

挿絵(By みてみん)


 昼休みにハタケとサウルについて話しながら、わたしはひびきちゃんのほうをちらちら見ていたのだが、ひびきちゃんはずーっとスマホを凝視していた。あれはまちがいなくあの相撲マンガだ。命がけの相撲の何がそんなにひびきちゃんを惹きつけるのか、わたしにはさっぱりわからなかった。


 わたしはハタケに、

「この LINE はぜったいに誰にも内緒にしておいてほしいんだけど」

と念を押した上で、ガッちゃんのレコメンドを転送した。

「えっ? もしかして恋文ィー?」

 恋文?

 いやあ、ハタケはさすがに読書家だ。〈恋文〉なんて古風な言葉が息を吐くようにスッと出てくる。


「……彼女ってさァ、ホントはとーってもイイ人だったんだねー」とハタケが送った文面を見ながら言う。「いっつもムスッとしてるから、オレ、ぜんぜんわかんなかったよー」

 ハタケは画面のスクロールを行ったり来たりしてガッチャンの文面を何度も何度もかみしめるように読んでいる。「こんなに長ーい LINE、オレ初めて見たよ」

「あたしも」

「アハハハ」

 そうハタケは笑ったが、わたしには笑えなかった。


 ガッちゃんのこの文面を見てからというもの、脊髄反射的に数文字だけのメッセージを送るほうがむしろおかしい、とわたしは思い始めていたからだ。

 秒で数文字送るとき、その数文字には自分の考えも、相手を思いやる気持ちも、誤解を避けるための配慮もなにもない。しかし、〈はい/いいえ〉で答えられる質問ならともかく、そうでない場合はきちんと誠実に考えるべきなのだ。

 そういうことを犠牲にしてまで空気の維持を優先させると、空気はときに澱んで臭くなってしまう。そうなったら腐り切るのはあっという間だ。そして空気は毒気となり、悪霊となって人に取り憑く。


「……もしかして、笑ったりして気ィ悪くした? だったら謝るよ」

「じゃあ謝って」

「……私はトモちゃんに罪を犯した」(*)とハタケは重々しく言った。

「それって、ダビデだよね」

 忠義に厚い部下の出兵中にその妻を寝取った上、邪魔になった部下を殺した鬼畜な罪を、預言者に指摘されたときのダビデの言葉だ。もちろん「トモちゃん」ではなく「主に」だけど。

「こう言うとどんな罪でも取り除かれるんだったよね」

「代わりに子どもが死ぬけどね」

「あー、そーだった!」

「アハハ」

「……じつはさ、あの心のこもった文章にじーんときちゃったんだ。オレが笑ったのはその照れ隠し……ってなに自分で言ってんだろー、ハズカシー! ねえ今の聞かなかったことにして!」


「あのね、ムスッとしてる彼女はね、あたしたちとちょっと違うだけで、ホントはとってもやさしくでかわいい人なんだよ」とわたしは言った。

「違うの?」

「違うんだ」

「どこが?」

「彼女はね、あの世界観の内側で生きているんだよ」

 わたしがそう言うと、ハタケは目も口も大きく開けて、まるでひょっとこみたいな顔をして「すげー!」と驚いた。「そんなすげー人がクラスにいたんだー! ぜんっぜんわからなかったよー!」


「考え方とか発想とかが違うんだ。だから周りの人と意見が衝突したり、最初から衝突を避けようと壁を作ったりするんだと思う。で、傍から見るとムスッとしているように見えてしまうんだとあたしは思う」

 わたしはハタケに教える形をとって自分にそう言い聞かせた。わたしもガッちゃんの不機嫌の理由をすべてわかるわけではない。いや、理由がわかることなどめったにない。それでも TEAVANA でほうじ茶ティーラテのヴェンティをがぶ飲みしたあの日から、ガッちゃんの不機嫌にはちゃんとした正当な理由があるのだと推定できるくらいにはなった。


「いやあ、サムエル記を内側から見るとどんな感じがするんだろーね? ちょっと、いや、かなり語りたいかもー」

「学校じゃたぶん話してくれないよ」

「……そだねー。じゃあどっか外で」

「それじゃあデートだよ。言っとくけど、彼女にとってハタケは〈アウト・オブ・眼中〉だからね」

「いやいや、そういう気は毛頭ないんだけどー」

「ハタケさあ、男女二人が一緒にお店に入ったら、お互いその気がぜんぜんなくても、必然的にそういうことになってしまうんだよ」

「ああもう、めんどくさいなー。じゃあトモちゃんも来てよー」



(*)サムエル記下12章13-14

ダビデはナタンに言った。「わたしは主に罪を犯した。」ナタンはダビデに言った。「その主があなたの罪を取り除かれる。あなたは死の罰を免れる。しかし、このようなことをして主を甚だしく軽んじたのだから、生まれてくるあなたの子は必ず死ぬ。」(新共同訳 旧約聖書)

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