132 ふみちゃん
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・川上風美(ふみちゃん)久保田友恵の同級生で陰キャの美術部員
・安倍晶(あーちゃん)久保田友恵の同級生で陽キャの美術部員
三時間目の授業のあと、いつもはあーちゃんと一心同体のふみちゃんが、なぜか一人でわたしの席にやってきた。
「……あのう、トモちゃん」
ふみちゃんは消え入りそうな小声で話す。だからこの騒がしい教室では、わたしは耳を澄まさないとその声を聞き取れない。
「あのう、……いま、生理なの?」
「あ、いやあ、そのう……」
「そう。……じゃあ、明日の体育は見学だよ、ね」
明日の体育は柔道の立ち技だ。考えるだけで恐ろしい。
「そ、そだねー」
「……じゃあ、あたしも見学する」
ふみちゃんはわたしにそう言った。
わたしが見学するから、ふみちゃんも見学する?
どういうことなんだろう?
久保田の次は近藤だ。ふみちゃんは近藤さんと組み合うのがイヤなのかな?
それにしてもまいったなあ。男子のハタケにすらバレてるくらいだから、また大勢の女子からひんしゅく買っちゃうよなあ……。
「ねえふみちゃん」
「え? え?」
わたしは立ち上がって、つま先立ちでふみちゃんの耳元に囁いた。
「……あたしなんかとしゃべってて大丈夫なの?」
わたしはふみちゃんに悪気がないことを知っていたので、わたしのせいでふみちゃんまでハブられないかホントに心配していたのだ。しかしふみちゃんは見上げるわたしをじいっと見下ろし、こくっ、と小さくうなずいた。
「外に行こ」
ちびっ子のわたしはそう言って、デカ女のふみちゃんを人の来ない渡り廊下へ引っぱっていった。
「ねえ、ふみちゃんがハブられてるあたしのところへわざわざ話しかけてくるってことは、なにか相当な理由があるんだよね。ここだと誰にも聞かれないから、よかったら理由を話してくれないかな?」
「……あたしもね、LINE をやめようと思ってるの」
ああ、そういうことか。
「もうね、LINE がキツくて。この土日ね、ひどい言葉がずっと飛び交ってたの。あたしもう、返信するのが苦しくて……」
「それ、あたしの悪口なのかな?」
「そう。もう、ひどすぎて、トモちゃんにはとても見せらんない」
「じゃあ、あたしにも少しは責任があるんだね」
私がそう言うとふみちゃんは首を横に振った。ロングの艶やかな髪が左右にフワリと揺れ、ゼラニウムの香りがほのかに漂ってくる。
「いいやふみちゃん、あたしは自分のことばかり考えていて、相手への誠意がみじんもなかったんだ。だからたくさんの人を怒らせてしまったんだよ」
「あんな人たちに、誠意を見せるなんて、あたしにはできない……」
「〈辛くなってきたからしばらく LINE をお休みします。自分勝手でごめんなさい〉ってひと言送るのも誠意なんだよ。それで切れるような縁なら仕方ないし」
「トモちゃん、ハブられてるのに、ぜんぜん平気そうだから、じゃあ、あたしも LINE やめちゃおうかな、って……」
「それと体育の見学って関係があるの?」
「近藤さんと組み合うのが怖いの」
「ひどいことを言ってるのって、近藤さんなの?」
「うん。とってもひどいことを言ってるの。だから、もし近藤さんと組み合ったら、あたし、殺しちゃいそうで怖いの」
「殺す側なんだ、アハハ」
「たぶん10秒もいらない」
「はあ……」
「あたし、ホントに殺っちゃいそうで怖いの」
「大丈夫だよ」とわたしはふみちゃんの肩をポンと叩いた。「十三歳までは人を何人殺しても完全無罪なんだよ」
「そんなこと言われたら、あたし、ますます怖くなっちゃう」
「きっとさ、近藤さんは悪霊に取り憑かれているだけなんだよ」とわたしは言った。
「えっ? ……トモちゃんって、もしかして、オカルト好きなの?」
「ほら、〈なんであんなこと口走っちゃったんだろう〉って後から思うことあるじゃない?」
「……うん」
「それはきっと、取り憑いた悪霊がそうさせてるだけなんだよ」
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