131 サウル
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生
・畠中祐生(ハタケ)久保田友恵のとなりの席のチャラい水泳部員
わたしは前屈みに下腹部を押さえ、生理痛で苦しむフリをしながら遅れて教室に入った。
困ったときの生理痛──実際に生理のときは色々と困るのだから、これくらいのズルは許されて当然なのだ。
わたしが席に座ると隣のハタケがニヤニヤしてくる。うわー、最低。こいつ絶対、小学生の時に〈生理が伝染るー!〉とか囃し立てて女子を泣かしたクチだよ。
先生が板書で背中を見せた隙に、ハタケがメモをわたしの机の上に置いた。
──迫真の演技! でもポーチが……
わたしはハタケをキッと睨んだ。
そうだよ、生理で苦しんでいる人がポーチを持ち歩いていないなんてありえないんだよ。でもズルは許されて当然なんだから細かいことなんてどーでもいーじゃない! ……っていうか、男子が女子のポーチなんかチェックしたりするなよッ!
わたしはそう言いたかったが、ハタケはあいかわらずニヤついたままだ。ムカつく。そしてもう一枚メモを渡してきた。
──サウルとダビデ、どっちが好き?
ちくしょー。
この質問にわたしはつい顔が緩んでしまった。やっぱりハタケも読破したんだな。そんなわたしの隙だらけの顔を見てハタケはニッと白い歯を見せた。
わたしは〈サウル〉にシャーペンで○をした。
ハタケはそれを見ると右手の親指を立てて〈Goo〉の形にした。わたしはこのとき、土日にがんばってサムエル記を読破してよかったな、と嬉しさがこみ上げてきた。
わたしがうかつにも横を向いてニヤけていたそのとき、先生はすでに板書を終えて前を向いていた。
「おい久保田、たった五分ですっかり元気になったようだな」
「……あ、はい」
「ブラジル最大の輸出品は何だ?」
「鉄鉱石です」
わたしは即答した。ああ、このときの先生の悔しそうな顔ときたら──。
隣ではハタケが声を押し殺して笑い崩れていた。
休み時間、さっそくハタケが話しかけてきた。
「ねえ、なんでサウルのほうがいいのー?」
「そりゃあ……」とわたしは考えた。「……サウルが愚かだからだよ」
わたしは模範的すぎてどこか嘘くさいダビデよりも、愚かで人間くさいサウルのほうに親近感を覚えていたのだ。
「そーそー、そーだよねー! サウルは愚か! いやートモちゃん、それ至言だよー!」とハタケは激しく同意した。
「サウルってさー、根はスッゲーいいヤツなんだよー。ダビデみたいに悪巧みとかぜんぜんしないしさー。でも、そう、愚かなんだよ! 愚かだから、最後の最後でいつもしくじっちまうんだよなー。もう、何をやっても神を怒らせてしまう。で、神に見捨てられる。んで──」
「神に殺される」
「そーそー! だからさー、もしサウルに知恵の回る側近がいたら、サウルも根は善人なんだから、きっといい人生が送れたと思うんだよなー」
「側近、いたじゃん」
「……あ、それってダビデ?」
「うん」
わたしがそう言うと、ハタケはニコニコしながら頭を抱えた。
「もうさー、ホンット、サウルかわいそすぎー。神にえこひいきされたヤツが側近だなんてさー」
「ねー。自分で無理やりサウルを王にさせといて、気に入らないから殺す神っていったい」
「理不尽! ……そうだよ、この世界観は理不尽でできてるんだよ! あー、なんかすっきりしたー」
「あたしはね、ダビデに嫉妬しすぎて悪霊にとり憑かれたサウルが面白かったなあ」
「あれはスゲーよなー! ガチのメンヘラストーカーだもん!」
「狂って、反省して、狂って、反省して、っていうあのリズム感がいいよね」
「わかるわかる! 人間の愚かさフルスロットル!って感じがするよね」
「メンヘラストーカーって三千年前にもいたんだね」
「なんか盛り上がってるね」と後ろから声がした。
「ひびきちゃん、戻ってきてたんだ」
「あ、柊さん。……あの、体調は大丈夫なんですか?」とハタケが急に改まって尋ねた。
「ええ、大丈夫ですわよ」とひびきちゃんが答えた。わたしは吹き出した。〈ですわよ〉ってなんなんだよ!
「まあ久保田さん、紳士の前で大口開けて、はしたないですわよ」
そう言い残してひびきちゃんは自分の席に戻った。
「ハタケったら、なんで同級生に敬語使ってんの?」
「だってー、とつぜん背後に柊さんだよー。びっくりもするし緊張もするよー」
ああ、そうなんだ。
わたしは近くにいすぎてわからなかったけれど、ひびきちゃんはチャラいハタケにすらそんなふうに見られてたんだ。そりゃあ今朝みたいな愚痴も言いたくなるよな。
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