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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第六章 久保田友恵と稲垣良美
131/334

130 播磨灘

登場人物

・久保田友恵(トモちゃん)中一女子

・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生

円谷つぶらや先生 保健室の先生で〈エンヤ婆〉と呼ばれている

・畠中祐生ゆうき(ハタケ)久保田友恵のとなりの席のチャラい水泳部員

・児玉くん 久保田友恵の同級生で稲垣良美の片想い相手

挿絵(By みてみん)


 一時間目が終わってわたしが席を立とうとすると、「ねえトモちゃーん」とハタケが声をかけてきた。

「悪い。今からダッシュで保健室行かないといけないんだ」

「柊さん?」

「うん」

「柊さん、そんなに体調悪いのー?」

 いいやぜんぜん、とは言えなかった。


「オレも行っていいかなー?」

「はあ? なんで?」

「オレ、柊さんと話したことないしー」

「ダメダメダメッ」

 児玉くんでもダメなのに、ハタケなんかが来たらひびきちゃんぜったい嫌がる。

「ちぇっ」

「あ、サムエル記ぜんぶ読んだよ」

 わたしはそうハタケに言って教室を出た。


「失礼します」とわたしは保健室に入った。円谷(つぶらや)先生は膝をすりむいた男子の消毒をしていた。先生はわたしをチラッと見ると、ニヤッと笑ってあごでベッドを指した。

 わたしはカーテンを開けて「ちゃんと来たよ」と小声で言った。

「ありがとう」

 ひびきちゃんは布団を蹴っ飛ばし、ごろんと横になってスマホを見ていた。

「ずいぶん体調が悪そうだね」

「うん、生死の境を彷徨(さまよ)ってるんだ」

 そう言ってひびきちゃんはスマホの電源を切り、ベッドの脇に置いた。


「朝はごめんね」とひびきちゃんは謝った。「延々と愚痴っちゃって」

「いいや、ひびきちゃんらしくて面白かったよ」

 おいおい、あれはただの愚痴だったのか……。

「ちょっと理屈っぽすぎたな、って反省してたとこなんだ」

「スマホを見ながら反省?」

「マンガ読んでたんだ。〈ああ播磨灘(はりまなだ)〉っていうの」


「知らないなあ」

「播磨灘っていうめちゃくちゃ強いお相撲さんがいて、ひたすら相手をボコボコにし続けるっていう、ただそれだけのマンガなんだけど」

「意外。ひびきちゃんってそういう格闘モノが好きなんだ」

「ぜんぜん」

「は?」


「もう、播磨灘も相手も命がけなんだ。なんで相撲に命までかけるのかあたしにはさっぱり分かんないんだけど、とにかく毎回大熱戦の末、播磨灘が相手をギッタギタにするんだ」

「はあ」

「そして相手は播磨灘を恨んだりせず、潔く敗北を受け入れる。そんなのがひたすら何十回も続くマンガなんだよ」

「それのどこが面白いの? ひびきちゃんと暴力って、もっとも縁遠いもののような気がするんだけど」


「たぶん理屈以前に、男の人はそういうふうにできているんだよ。火がついて、戦って、火が消える、って具合に。播磨灘も対戦相手も、あれこれ考えたりせず、本能の命じるままに動いているだけなんだよ、きっと」

「じゃあひびきちゃんは、女の人はどういうふうにできてるのかな、って考えてたの?」

「いいや」

「え?」


「女一般になんか興味ないよ。女なんて色々だし」

「色々なの?」

「少なくともギャル、良妻賢母、キャリアウーマンの三種類がいて、これらは互いに排他関係にある。それらにフィットネスという自己愛、オタクという推し愛の二つのフレーバーが加わる。だから色々なの」

「はあ」

 もう、なに言ってんだか。

「そうじゃなくて、あたしはどういうふうにできてるのかな?って考えてたんだ」

「ひびきちゃんは自由気ままに振る舞っているように見えるよ」

「そういう風に見られたら都合がいいから、そう見えるように演技してるだけだよ」

 え? 〈都合がいい〉って?


「あたしも播磨灘みたいに、理屈なんかまったく抜きで、〈そういうふう〉に心置きなく振る舞えたなら、きっと気持ちがいいんだろうな、って思ったんだ」

 やっぱストレス溜まってるのかな? スカッとしたいのかな?

「でも、それってただのケダモノじゃない?」

「トモちゃん、それが違うんだよ」とひびきちゃんは得意げに語り始めた。


「播磨灘は自分の中の凶暴さを、相手だけでなく自分にたいしても向けているんだ。たぶん相手に向けるよりもずっと手厳しく。だから播磨灘はなにをやってもつねに筋が通っているんだよ。つまりね、播磨灘はまったく理屈を考えない。なのにつねに理が通っている。ねえ、これってすごくない?」

「……そうかもね」

 暴力まみれの相撲マンガにハマるなんて、やっぱり今日のひびきちゃんはちょっとおかしいや。


「でも、仮にあたしの〈そういうふう〉がわかったとして、それを剥き出しで生きていくなんて、鬼神でもないあたしにはやっぱちょっとムリなんだよね」

「そうだよね」

「だからあたしも、早く絵が描けるようにならないと、って強く思ったんだ」

 ???


 そしてチャイムが鳴った。

 わたしにはひびきちゃんが最後に言った言葉の意味が分からなかった。が、わたしはしかたなく「じゃあ」と言って駆け足で教室に戻った。

 ああ、今度は言い訳できないぞ。……仕方ない、下腹部を押さえて苦しそうに教室へ入っていこうか。

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