13 キス
登場人物
・柊響(ひびきちゃん)中一女子
・早川貴子(キーちゃん)高三女子で早川智子の姉
「やめてください。そんなことをされたら、ますます涙が止まらなくなります」
しかしキーちゃんはわたしの肩に置いた手を離さなかった。
それどころか、逆にわたしに覆い被さってきた。
「ねえ、ひびきちゃん」
「はい」
わたしはひざに顔をうずめたまま返事をした。
「キスしたことある?」
「いいえ」
あるわけないでしょ。
「あたしもないの」
「……」
意外だ。ゆるふわで男受けしそうな感じなのに。
「古臭いかもしれないけど、あたしは、初めてのキスは本気で好きになった人としたいと思ってるの」
「そうですか」
「そして、そういう人は、男の人しか考えられないの」
「……」
「なのに、不思議ね。今、あたしはひびきちゃんと猛烈にキスがしたいの」
「……同情されてもみじめになるだけです。だいいち、キーちゃんは他人本位すぎます。あたしはキーちゃんに、もっと自分本位になってほしいんです」
「自分本位って、チーちゃんみたいになれってことかしら?」
「いえ、あそこまで行っちゃうと、あたしは悲しくなります」
クスッ、というキーちゃんの小さな笑い声がわたしの耳に届いた。
「ねえ、顔を上げて」
「こんな汚い顔、キーちゃんに見せられません」
まさか、キーちゃんがわたしを押し倒すとは思っていなかった。
全身の力が抜けたわたしは簡単に床に転がった。
自分はタチだとばかり思っていたのに、体は完全にネコとして反応した。
じつに不思議だ──。
キーちゃんの感触をくちびるに感じながら、わたしはそんなことを冷静に考えていた。
キーちゃんがわたしの背中に手を入れる。
わたしもキーちゃんの背中に腕を回し、バカな小猿のように抱きしめる。
たがいの胸と胸が圧着するのは、こんなにも幸せなことなのか。
涙が止まらない──わたしは今までこんなにもこらえていたのか。
同情心につけ込んで何が悪い。
このあと猛烈に悲しくなるのは目に見えている。
だから今を一生の思い出にするんだ。
キーちゃんが唇を離し、ゆっくりと身を起こした。
「……やっちゃった」
「……やっちゃいましたね」
あははは。
わたしたちは照れ笑いをした。
「だって、スウィングしなけりゃ意味がないんでしょ。しょうがないじゃないの」
「あたしは自分の意味のなさを思い知らされました」
「ひびきちゃんもいつかスウィングできるようになるといいね」
キーちゃんはやさしくそう言うが、わたしにはそんな日が来るとはまったく思えなかった。きっとわたしはお婆さんになるまで隅っこでコソコソし通しで、誰とも心が通い合わないまま、生まれてくるんじゃなかった、と嘆きながら孤独にくたばるんだ。
「ひびきちゃん」
おもむろにキーちゃんがハグしてきた。
そしてわたしの背中をポンポンと叩く。
「こういうのがハグっていうのよ」
もう夢の時間は終わったんだ。
しっかりしろ自分。
「そうだったんですか。わたしはてっきりこういうものを……」
わたしは宝塚男役口調でそう言いかけると、グイッとキーちゃんを抱き寄せ、耳元で
(ハグだと思っていました)
と囁いた。
「キャー、ヤラシー」
キーちゃんはわたしを両手で突き放すと、ギャル口調で笑って言った。
「冗談ですよ」
この言葉にウソはない。
これは本当に冗談なのだ。
こんなにすがすがしい失恋がこの世にあるなんて。
※ ひびきちゃん視点はひとまず終了です。最後までお読みくださりありがとうございます。
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