126 等価交換
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生
・チーちゃんたち(柊響と一緒に勉強している中三生)
・早川智子(チーちゃん)(元気担当、ボーカル、リーダー)
・杉本鈴美(すずみ)(厨二病担当、キーボード+打ち込み)
・式波里砂(りさりさ)(クール担当、ベース)
「うーん」とひびきちゃんが考え込む。
「あたしの言ってること、まちがってるかな? もらったらお返しをする。やられたらやりかえす。そういう等価交換って人間関係を維持するうえで大事なことなんだよ」
しかしひびきちゃんは、
「うーん、それはそうなんだろうけど」
と納得してくれない。そしてたとえ話をし始めた。
「たとえばだよ、お隣さんから鱒寿司を三つ戴いたとする。鱒寿司って一個二千円くらいするから、三つで六千円。そしてお隣さんは鱒寿司屋さんでもなんでもないから、そこにはかならず六千円相当の出費が伴っている。だから鱒寿司を戴いた柊家は、お隣さんに六千円相当のお返しをしないと気がすまなくなる」
「そういうことだよ」
っていうか、当たり前すぎ。ひびきちゃんは一体なんでこんな当たり前のことをもったいぶって言ってるんだろ?
「でもね、今度はお隣さんから〈とほすけ〉グッズをもらったとする」
「〈とほすけ〉って、富山市がやってる〈とほ活〉のマスコット?」
「そう。人気なさすぎて誰もほしがらないアレ。トモちゃんのお母さんも市役所勤めだからわかるよね」
「うん。グッズが倉庫で場所とって邪魔なんだけど、市長が気合い入れて企画したやつだから捨てるに捨てられないでいる、って言ってた」
「あれをもらったら、お返しは必要だと思う?」
「いるわけないよ」
「なぜいらないのかなあ?」
「そりゃあ、〈とほすけ〉グッズの価値がゼロだからだよ」
「ところで、これはずっと内緒にしてきたことなんだけど」とひびきちゃんは沈んだ声でわたしに言った。「これを言うとトモちゃんの気分を害してしまうかもしれないからあんまり言いたくはないんだけど……」
「大丈夫だよ。言ってみて」
「じつはあたし、なんの努力もしないで勉強ができてしまうんだ……」
ひびきちゃんはわたしにそう言った。
わたしはうつむいて視線を落とし、道に積もる雪を乱暴に蹴った。雪は花火が弾けるように砕け散った。
「やっぱりムカついたよね?」
怒ったフリをしたわたしはひびきちゃんの顔を下から覗くように見上げた。そして、上からわたしを不安げに見つめるその辛気くさい表情にわたしは笑いを禁じ得なかった。
「そんなことクラス全員が知ってるよー!」
「ええっ、そうだったの⁉︎ ずっと隠してきたつもりだったんだけど」
こういうことを言われてもぜんぜんイヤミに感じないのがひびきちゃんの不思議なところだ。
「あたしの学力はね、元手がホントにゼロなんだ。だから価値もゼロ。〈とほすけ〉とおんなじなんだ」
いやいやゼロなわけないでしょ……でも、ひびきちゃんにとってはそうだったんだ。
マンガとかだとよく天才少年が自分の頭の良さをひけらかすけど、ああいうのはウソだったんだな。頭が悪くて努力もしないグータラな人が、もし自分が天才だったらマウント取れるのにな、って低レベルな妄想をしているのを絵にしただけだったんだな。
「あたしはただ〈とほすけ〉グッズを配ってるだけなんだ。だから〈与える〉なんて感覚はぜんぜんなかったんだ」
「でも三年生の人たちにとってはそうじゃないんだよ」
「じゃあ、あたしが〈とほすけ〉だと思って配ってたのは実は鱒寿司だったのかな。そうだとしたら気が滅入っちゃうよね。毎日鱒寿司もらってたらトータルで何万円になるの?って話だもんね」
「そうなんだよ」
「でもあたしの中では逆なんだ」とひびきちゃんは言った。「チーちゃんたちはあたしに、目標へ向かって努力することの尊さを身をもって教えてくれているんだ。だからあたしの中では、受け取ってばかり、って感覚なんだよ」
あのとき、三年生の人たちは口々に〈できるだけ借りを返したい〉と言っていた。たぶん三年生はそんなことをひびきちゃんに面と向かって言ったりはしないだろう。ひびきちゃんもそんな三年生の思いなんて気づいていないに決まっている。ひびきちゃんが受け取りすぎるくらい受け取っていることがわかれば、三年生の人たちもずっと気が楽になるかもしれない。
「ねえ、それ言ったほうがいいよ」
「いやあ、いくらなんでも、それは恥ずいよ」とひびきちゃんは即答し、苦笑いした。
「……アハハ、そりゃあそうだね」
「一番伝えるべき人に限ってなんにも伝えられないなんて、人間ってのはうまくいかないね」
そう笑いながら、ひびきちゃんはわたしの目をじっと見た。ひびきちゃんはときどきこういう目でわたしを見つめてくる。
戸惑うわたしは話題を変える。
「じゃあひびきちゃんは、受け取りすぎてゲロ吐いちゃった、ってことなのかなあ?」
「そういうことだね。等価交換ってやつは難しいな」
「あたしは等価交換が難しいなんて考えたこともなかったよ」とわたしは言った。
「値札がついていれば簡単だけど、そうでない場合は難問だよ」とひびきちゃんは答える。
「だいたいでいいんじゃない?」
でもひびきちゃんはそうは考えなかった。
「自分にとっての等価交換式と、相手にとっての等価交換式、この二つの連立方程式を立てて共通解を出さないといけないし、共通解が必ずあるとも限らない」
うおー、なに言ってるのかぜんぜんわからない。
「いやあ、そんな難しく考えなくても……」
「そしてあたしの場合、ゼロ以外の共通解は存在し得ないんだ。だって、努力で勝ち得たものがなにもないあたしには、自分にとって価値あるものが自分の中に何もないんだから」
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