122 信用
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生
・円谷先生 保健室の先生で〈エンヤ婆〉と呼ばれている
・チーちゃんたち(柊響と一緒に勉強している中三生)
・早川智子(チーちゃん)(元気担当、ボーカル、リーダー)
・杉本鈴美(すずみ)(厨二病担当、キーボード+打ち込み)
・式波里砂(りさりさ)(クール担当、ベース)
昼休み。
今日は一日小雪が降り続き、歩道には二〇センチくらい積もっている。教室の窓側の席はヒリヒリと冷たく、換気をサボってほんのり臭くもある。が、今日のひびきちゃんはあったかくて清潔な保健室へ行くそぶりを見せない。
「今日は保健室に行かなくて平気なの?」
そうわたしが尋ねると、ひびきちゃんはキリッとした顔で
「今日は泣かない。あした家で泣くの」
と言った。
「なんであした泣くの?」
「今朝も話したけど、今日はチーちゃんたちに学調を自力で解いてもらうんだ。だから、できが悪かったら悲しくて泣き、できが良かったら嬉しくて泣くんだよ」
「アハハ、どっちにしても泣くんだね」
わたしはおかしくて笑った。しかしひびきちゃんは冷めた顔でこう言った。
「でも、泣くってことはさ、チーちゃんたちを信用してないってことなのかな?」
「そんなことはないよ。ひびきちゃんは三年生の学力を信用してないだけで、人格はちゃんと信用してるんだよ」
だってあんなに、悔しくなるほどのめり込んでいるんだし、信用してないわけがないじゃないか。
でもひびきちゃんはぜんぜん納得しない。
「そうかなあ?」
「だってだって、ひびきちゃんは三年生のことを泣くほど思うことができるんだよ」
「でも、学力と人格ってきれいに分けて考えられるものなのかなあ?」
「考えられるに決まってるよ。成績が良くて性悪な人もいれば、成績が悪くて善良な人もいるじゃないの」
わたしはひびきちゃんがどこに引っかかっているのかさっぱりわからない。
「いや、そういう意味じゃなくて」とひびきちゃんは言った。「他人から見れば、っていうか、ものさしみたいな道具で測ると、学力は測れて、人格は測れない。だから一見別モノに見えてしまう。けど、本人にとっては学力だって自分の切り離せない一部なんだとあたしは思うんだ」
ああ、またなんか始まったぞ。
「あたしはチーちゃんたちが大好きだけど、ぜんぜんこれっぽっちも信用してないんだな、ってことが今わかったよ」
「ねえ、あたしでもわかるように言ってよ」
「その人が好きだっていうことと、その人を信用することは、ぜんぜん別のことだよな、って思ったんだ」
「えー? わかんないよ。たとえばどういうこと?」
「数学の先生はきらいだけど、わかんないとこがあったら真っ先にその先生に訊きに行く、みたいな」
「うーん、そういうのはある」
「ねえトモちゃん。トモちゃんには、大好きで、信用もできるような人っている?」
「ひびきちゃんだよ」
「うそ。あたし最近トモちゃんに怒られてばっかだし」
「怒ってるんじゃないよ、心配してるんだよ」
「心配してるってことは、信用してないってことだよね」
「えっ? そうなるの?」
「いま思ったんだけどさ、大好きで、信用もできるような人って、たぶん人間離れした、神さまみたいな人なんじゃないのかなあ?」
ああ、ひびきちゃんまで神さまなんて言い出しちゃったよ。
「あれね、少女マンガによくある若いイケメン教師みたいな?」
わたしは話の腰を折ろうとくだらないことを口にしてみたが、そんな小細工を哲学モードに入ったひびきちゃんが考慮に入れるはずもない。
「そんな人を好きになっちゃった人は、幸せなのかなあ? それとも不幸なのかなあ?」
「マンガだとだいたい結ばれないよね」
「あのね、神さまみたいな人に出会っちゃった人はたぶん、大好きじゃなくちゃいけない、信用しなくちゃいけない、って重荷を背負うことになるんだと思う。だって相手は神さまみたいな人なんだから、いつだって自分が悪いに決まってるんだし。そういうのはちょっと、あたしにはしんどいな」
「でも逆に、生きる力をもらえるかもしれないよ」とわたしは反論してみた。
「そうかもしれないけど、あたしはぜんぜん信用してないチーちゃんたちから生きる力をいっぱいもらってるよ」
「でもゲロ吐いたじゃん」
「もう吐いてないよ。トモちゃんがやさしくしてくれたから」
「ガッちゃんもね」
「あとエンヤ婆さんも」
「じゃあ、ひびきちゃんには神さまはいらないんだね」
「神さまの存在はあたしの意思なんかで左右されたりしないでしょ。そうじゃなくて、大好きで信用もできる神さまみたいな人。そういう人はいらないかも」
「あたしのことも信用してないの?」
「うん」とひびきちゃんは即答した。
「えーっ! どこが信用できないの?」
「だって心配なんだもん」
「心配?」
「さっき、誰かがトモちゃんの陰口言ってるの聞こえたんだ」
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