120 ライチョウ
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生
・稲垣良美(ガッちゃん)久保田友恵の同級生でクリスチャン
今朝は十センチくらい積もっていた。
ひびきちゃんやわたしは徒歩通学だから雪が積もっても平気だが、自転車通学の人は自転車に乗れないので、延々と歩くか、あるいは親にこっそり車で送迎してもらうことになる。遠くに住む人は近所のママ友たちがかわりばんこに何人かまとめて送迎するので、一人っ子の家でも車はデカい。そういう人たちはわたしのように仲間の輪から出ることが許されない。
気楽なわたしたちは雪の降る中を傘をさしてならんで歩く。
「今日も保健室でサボるの?」
「さすがにね、三日も続くと飽きてきちゃったよ」
そう言うひびきちゃんは、ゲロを吐いた三日前よりはずっと元気そうだ。しかしわたしはこの元気そうな顔に何度も騙されてきたから油断はできない。
「保健室でなにをしてたの?」
「トモちゃんが来るのをずっと待ってたの」
えっ?
「でもぜんぜん来てくれないから泣いてたの」
「い、行ったじゃない!」
「昨日は来てくれなかった」
「だって、またサボってるだけだと思ってたし、午前中は元気だったし……」
わたしはそう言い訳しながらも不安になってきた。ゲロを吐いたときのあの真っ青な顔が頭に蘇る。そうだよ、体調が急に悪くなったのかもしれないんだし、わたしはやっぱり面倒がらずに五時間目のあと行くべきだったのだ。
「ウソだよ」
「はあ?」
わたしはちょっとムッとした。なんか最近おちょくられてばかりいる気がする。体調が戻ったら一倍返しをしてやらないと。
「ただ目を閉じてたの」
「寝てたってこと?」
「だいたい合ってるけど、ちょっと違う」
ひびきちゃんはそう言って立ち止まり、しんしんと降る雪で白くぼんやりとしか見えない遠くの立山のほうを見やった。
「月、火にあった学調の解き直しを、水、木にしてもらったの。で、今日もう一回自力で解いてもらう予定なの。みんな一生懸命なんだ」
「そりゃあ三年生はみんなピリピリしてるだろうね」
「そして彼方の立山ではね、冬羽で真っ白になったライチョウが、小さな冬芽なんかで飢えをしのぎながら、春が来るのをじいっと待ってるんだ」
「ライチョウ?」
「でもオコジョに食べられちゃうかもしれない。オコジョだって必死だから」
「……オコジョ?」
「なんかさ、目を閉じてそんなことを考えていると、わけもなく涙があふれてくるんだ」
「……そうなの」
わたしは話がわからなさすぎて、ひどく安っぽい相槌しか打てなかった。
「胸の中に溜まった不快な熱が、泣くときれいさっぱりなくなるんだ。するとなんだか眠くなってきて、そのまま寝ちゃうの」
そう言うと、ひびきちゃんは再び前を向いて歩き出した。
「だから保健室へは泣きに行ってるの。まあ、結果として寝ちゃうんだけどね」
「泣くとすっきりするよね」とわたしは言った。
「え? あたし、トモちゃんが泣いてるとこ見たことないよ」
「じつはちょっと苦手。ライチョウで泣けるひびきちゃんがうらやましいよ」
昨日のことは内緒にしておいた。自分のことだけでアップアップな今のひびきちゃんに、わたしがハブられていることなんて知られたくはなかったのだ。
教室に入ると、わたしはひびきちゃんの手を引いて、すでに席に座っていたガッちゃんのもとへ行った。
「ねえガッちゃん、月曜日の放課後空いてる?」
「まあ、あたしは十二月中ずっと空いてるけど」
「じゃあ、ひびきちゃん家に来てほしいんだけど」
「えっ?」とガッちゃんは戸惑いの表情を浮かべ、ひびきちゃんの顔を見上げた。
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