114 読書家
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・畠中祐生(ハタケ)久保田友恵のとなりの席の水泳部員
・柊響(ひびきちゃん)久保田友恵の友だちで同級生
・稲垣良美(ガッちゃん)久保田友恵の同級生でクリスチャン
午後の二時間を保健室でサボっていたひびきちゃんは、六時間目が終わったあとの掃除の時間に戻ってきてきっちり掃除をこなし、終礼が終わると同時に三年生のいる三階へ向かった。
そしてわたしも終礼が終わるとすぐに棚から紙袋を持ち出してきて席の隣に置き、中から大きい方の聖書を取り出して昨日の続き、サムエル記・上の四章を開く。
教室にはまだ大勢の人が残っている。教室の多くの女子は〈カルトにハマった久保田友恵が聖書に熱中している〉という情報を LINE で知っている。
カルトのレッテルを外すのは難しいだろう。
あーちゃんたちはわたしがカルトかどうかなんて興味がないだろうし、たぶん信じてもいない。ただカルトだということにしてわたしを貶めたいだけなのだ。カーストのルールを無下にする裏切り者のわたしを罰したいだけなのだ。
そのためには口実が必要になるのだが、LINE の亀レスでは表向きの理由にはなりえない。だから〈カルト〉という口実が是非とも必要なのだ。
しかし、わたしは彼女たちの大きな弱点を知っている。それは、彼女たちがいくら熱心にカーストのルールを信奉しようとも、その序列は男子の評価によっていとも容易に覆されてしまうということだ。
下位の人にイケてる彼氏ができたら、もうそれだけで順位は爆騰。
上位の人がイケてる男子にキモがられたら、もうそれだけで奈落落ち。
そして彼女たちには男子の気まぐれかつ一方的な介入を防ぐ手段がなにもない。彼女たちはつねに男子の理不尽さにたいし無防備に晒されている。
彼女たちが束になっても、ハタケ一人の振る舞いすらどうにもできないのだ。
「あ、トモちゃん読書してるー」とハタケが話しかけてきた。
「あたしだって読書くらいするよ」
「ホント? オレもこう見えてけっこう読書家なんだよなー」
いやいや、ハタケは本なんて読まないでしょ。
「筋トレの本?」
「ちがうよー。ちゃんとした本だよー」
「たとえば?」
「ヒロアカとか、ヒロアカとか、ヒロアカとかー」
「ヒロアカだけじゃん」
そんなとこだろうと思った。
「冗談だよ。よく読むのは、あさのあつことか重松清とか梨木香歩とかかなー」
まじ? そんな名前知らないよ。
「それも全員マンガ家なんでしょ」
「えええっ? トモちゃん誰も知らねーの? みんな超売れっ子作家だよ。図書部の人が勧めてたじゃーん」
そうだったのか。
図書部の人が定期的になにか掲示板に貼っているのは知っている。が、彼らが紹介している本はおろか、その掲示内容を読んだことすら一度もない。ごめんねガッちゃん。
「もー、図書部の人が泣いちゃうよー。あ、そういえば、トモちゃんはたぶん『泣いちゃいそうだよ』って本、好きだと思うなー」
やばい。ハタケはガチの読書家だ。
「どんな話なの?」
「いろんな女子が葛藤を乗り越えるんだよ。そして友情を育み、恋を実らせるハッピーエンドの成長物語。で、主人公はだいたいイケメン男子と付き合うんだけどさー、手をつなぐのがクライマックスで、キスもハグもしねーんだよ。超超超健全。でも、それがまたいいんだよナァー」
「ハタケが読書家だったなんてぜんぜん知らなかったよ」
「ほら、水泳部は夏以外ヒマなんだよ。夏以外はみんなバラバラにスイミングに通ってるから、サボってもぜんぜんバレねーし」
「でもヒマな男子はみんなゲーム三昧なんじゃないの?」
「ぜんぜん興味ねーな。画面がチカチカしてるだけじゃん。なにが面白いんだろ? なんの学びもねーし」
ハタケが不意に口にした〈学び〉という言葉を、わたしはとても意外に感じた。
「ハタケは学びたいの?」
「だってー、学んでちょっとでも成長できたらさー、なんか充実感があるじゃーん」
ハタケはあくまでアホっぽい口調を変えないが、こういう発言は、ほんとうに何度も学んで成長した人でないとスラスラ口から出ないはずだ。
「あたし今まで、ハタケのこと本物のアホだと思ってたよ。アホなフリをしてるだけだったんだね」
「べつにフリとかしてねーんだけどー」
「いいや違うね。ハタケはあたしが何の本を読んでるのか、あえて尋ねないでいる。とっても不自然だよ」
「尋ねるも何も、もう知ってるしー」
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