112 柔道
登場人物
・久保田友恵(トモちゃん)中一女子
・川上風美(ふみちゃん)久保田友恵の同級生で陰キャの美術部員
二時間目は体育で、女子は柔道だった。
今日はこれまで習った袈裟固、上四方固、横四方固の三つの寝技限定の、膝をついて行う乱取りだ。
わたしはいつものように川上風美ことふみちゃんとペアになった。名前順で川上の次が久保田だからいつもそうなるのだ。
ふみちゃんはとても背が高い。一七〇センチ近くある。体つきもすっかり大人で、後ろ姿だけならだれも十三歳だとは思わない。いっぽうわたしは一四五センチしかなく、体つきも貧相で、子供服が余裕で着れる体型だ。プリキュアの絵のトレーナーを着て小学校に紛れていたら、たぶんだれにも怪しまれない。
フツーに考えれば、こんな二人が寝技で勝負になるはずがないのだ。
でもふみちゃんは優しいからいつだってものすごく手加減してくれる。
しかし今日だけはいつもより力を緩めなかった。
ふみちゃんはわたしの奥襟をさっと右手で掴む。
そしてその大きな体を預けてくると、わたしはなすすべなくあお向けに転がされて袈裟固の体勢に入られる。
ふみちゃんは奥襟を掴んだ右腕にぐいと力を入れてわたしの頭を引き寄せ、自分の口元にわたしの耳をもってくると、
「ごめんね」
とだけ囁いて腕の力を少し緩めた。
わたしは全身の力を使ってふみちゃんから逃れた。
わかってる。
あーちゃんたちの手前、ふみちゃんはわたしにつらく当たらなければいけないのだ。
ふみちゃんは再び袈裟固を狙ってきた。
その長い腕はいとも簡単にわたしの奥襟を掴む。
そして転がされる。
わたしは体をキュッとひねってその手を切ると、足裏で這うように袈裟固の体勢から逃れた。
が、依然あお向けのままだ。
覆いかぶさってくるふみちゃんを押しのけようとわたしは両手に力を込める。
しかしふみちゃんの上半身は重く、わたしの腕はあまりに非力だった。
わたしは根負けし、こんどは上四方固の体勢に入られた。
いまわたしの顔はふみちゃんの胸に挟まれている。
まわりの人たちはエキサイトして騒々しい。
わたしは顎を引いてふみちゃんの顔のあるほうに口を向け、騒音に紛れるくらいの小声で言った。
「本気で行くけど、びっくりしないでね」
わたしは両手両足をジタバタさせた。
頭を上下左右にグリグリと振り、胴体を右に左にと揺らした。
そうやって全力で抵抗した。
暴れるわたしにふみちゃんにも力が入った。
わたしは足で反動をつけ、勢いで上半身を起こそうとした。
何度も何度も。
ごめんねふみちゃん。わたしの頭がみぞおちあたりにガンガン当たって痛いと思う。
でも、やられたらその分だけやり返さないといけないんだ。特に今は。そうしないとわたしはクラスの中で貶められて当然の、みじめなサンドバッグに堕ちてしまうんだ。
「はい二〇秒、川上の一本」と先生の声がした。ふみちゃんはすぐに体を起こした。
わたしは荒い呼吸のまま大の字に寝転がって起き上がれずにいた。
「久保田もよくがんばったぞ」
先生がそう褒めてくれたので、わたしはゼーゼー言いながら先生のほうを見て笑った。
わたしはふみちゃんにも笑いかけた。ふみちゃんは一瞬笑みを浮かべたが、すぐに顔を背けた。
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