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めんどくさい女の子たち  作者: あかなめ
第一章 柊響と早川貴子 その1
11/334

11 It don't mean a thing (スウィングしなけりゃ意味がない)

登場人物

・柊響(ひびきちゃん)中一女子

・早川貴子きこ(キーちゃん)高三女子で早川智子の姉

・先生 音大声楽科の研究生で早川貴子のボイストレーニングの先生

挿絵(By みてみん)



「心を歌に乗せられるようにしてほしいんです」とわたしは先生に頼んだ。

「心?」

「クラシックの世界ではそういうの、〈解釈〉って言うんですかね?」

「違うね。〈解釈〉っていうのは作曲者の意図を考えることだよ。クラシックの世界では作曲者は神様だから。でもポピュラーソングの作曲者はべつに神様なんかじゃないから、各自好きなように歌えばいい」

「じゃあ、その〈好き〉っていう感情があたしの言ってる〈心〉です」

「ふーん、なるほど、ね」

 先生はニンマリして言った。


「『なるほど』って、どういうことでしょうか?」

 キーちゃんが不安げに尋ねる。

「私の歌には心がないのでしょうか?」

「ほら、そういうところだよ」と先生は言った。


「早川さん、この子は耳がいいようだね。小さい頃からいい音楽をたくさん聴いて育ったんだろう」

 わたしはあんなに先生の悪口を言ったのに、かんたんに褒められてしまった。

「〈心〉っていうか、〈この曲のこういうところが好き〉っていうのは誰にでもあるんだよ。そうでしょ」

「はい」

「だから〈好き〉の数だけ歌い方もある。でも、歌うときは一通りでしか歌えない。じゃあどうするか? 自分の思うがままに歌うか? あるいは最大公約数的な無難な歌い方をするか?」

「……」

「はっきり言うとね、早川さん」

「はい」

「あなたは歌にブレーキをかけている」

「……たしかに歌い方については、無難なほうへ逃げていたかもしれません」

「いや、責めているんじゃないよ。あたしは今、ものすごくレベルの高い話をしているの。だから気を悪くしないでね」

「……はい」


「ボイトレを頑張って、『エンダァァァ』が上手くなれば、九割以上の観客は騙せるようになるよ。でもそんなのはマニュアル通りに対応するファストフードのアルバイトと本質的になにも変わらない。そこに他ならぬ早川さんが歌うことの意味はなんにもない。わかる?」

「……ええ」

「この子みたいに耳のいい観客も満足させるには、ブレーキをかけちゃダメ」

「あの、ブレーキをかけながら歌っているという感覚は、自分ではないんですが……」

「それは自分ではわからない。でも他人なら、わかる人はわかる。どう? いっしょにがんばってみる?」

「ぜひお願いします!」


 ボイストレーニングのレッスン時間は過ぎていたが、わたしたちは無理を言って先生に残ってもらった。

 わたしは先生に代わりキーボードの前に座った。

「先生、聴いてください」とキーちゃんは言った。

 キーちゃんがわたしを見て小さく頷く。

 わたしはGマイナーの位置に指を置く。


 ♪ It don't mean a thing (意味がないね)

  If it ain't got that swing (スウィングしなけりゃ)

  doo wah, doo wah, doo wah, doo wah, ……


 はじめて聴くキーちゃんの甘いスキャットは悩殺的ですらあった。わたしはピアノを弾きながら、あらためてキーちゃんをどうにかしてやりたいと思ってしまった。


 演奏を終えると先生が拍手してくれた。

「まだ曲に歌わされている感じはあるけど、けっこういいんじゃない?」

「どのへんがよかったですか?」とわたしは尋ねた。

「あんまりブレーキがかかってないところね。たぶんあなたが伴奏してたからよ」

「えへへ」

「あんた、ミスタッチだらけで下手くそだったけど、いい表情をして弾いていた」

 そりゃそうだ。あんなことや、こんなことを妄想していたのだから。

「ノってたよ。だから早川さんもリラックスして歌えたんだろう。どうかな?」

「はい!」

 キーちゃんは今日一番いい表情で短くそう言った。

 そうか、リラックスか。

 そりゃあ、あのCDの演奏者はみんなキーちゃんよりずっと年上だろうし、固くなって当たり前だ。でも本気でプロになるのなら、そんな甘い言い訳は通用しないんだよなあ。


 キーちゃんとわたしは先生に手を振って見送った。

「ひびきちゃん。今日は来てくれてありがとう」

「え? ありがたいんですか?」

 わたしが真面目にそう言うと、キーちゃんは吹き出した。

「ええ、ありがたいわよ」

「じゃあ、またハグさせてくださいよ」

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