はじまりの場所
あれから1時間は経った頃であろうか。少女は彼の10歩後ろをついて回っていた。
「少しつまらないな……」
前に向かって放った小言はもちろん届かないとわかっての事である。
彼は目的こそ無いが、ある場所を目指している。北に聳える山だ。おそらく毎日そこへ向かって歩いていると感じており、理由は四方八方見渡しても地平線は無く、あるのはその山だけだからである。
地平線がないのに何故太陽はあるのか、むしろどこから昇ってどこへ沈むのかが正しいところだが、どれだけ時が経とうとも太陽は動かないのだ。
影が山の方にできる。それが山は北にあると根拠づけるものであり、それはあくまで静止ししているであろう太陽の位置から考えられるだけのものだ。どれだけ時が経っても影はブレることなく同じ向きにでき続ける。
「今日はどれだけ歩けるだろう……」
時が進む感覚を知る術のない状況は思いの外苦痛であり、時間が過ぎたであろう感覚を無視したこの状況は彼の気持ちをどんどん暗くしていく。
「そろそろお昼にしませんか?」
付き合い始めて間もない、彼氏に向かって言うような口調で少女は呼びかけた。
彼は立ち止まり、少し間を置いてから後ろを振り向いた。
「朝ごはん…… ではなく、昼ごはんなのか?」
「だってもう朝ではなくて、お昼の頃合いですので?」
少女はやや拍子抜けした感じではあったが、当たり前のごとく答えた。
「すまない、俺は時間を知る術がないのだが君は時計などを持っているのかい」
食い気味の問いかけだった。
「いいえ。時計は持っていないですし、これと言って時間を知る術は私も持っていませんよ?」
しばらく沈黙が続き、彼は揶揄われているのだろうという答えに辿り着き、また歩み始めた。
「ちょっと待ってください! 私の質問には答えてくれないのですか?」
彼女は驚きの気持ちを込め、少し先まで歩みを進めていた彼に向かって言い放った。