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点の世界③


 チョケ本は腹八分目までクッキーを食べた。


まだまだ目の前にはクッキーがある。


しかし満腹になって強い眠気が来ないよう、食べる量をセーブした。


 ある程度食べて極度の空腹から解放された段階から、後回しにしていたこの奇怪な状況の対処を優先しなくてはいけないと危機感をもったためである。


「あの人、どこか見覚えがあると思っていたけれど、友理さんが前に見せてくれた遠征先の人にそっくり……。でも、見た目はそっくりでも中身は全然違う……」


 以前友理がチョケ本に対して使った精神干渉系統中級魔法「メモリーアウト」で見た青年は、こんな気さくで気が効くようなタイプではなかったからである。


「次にこの世界、詳しいことは後からあの人に聞くとしても、この家は私たちの家そのもの……。大きな違いとしては表札が無いくらい。あとは畑にちゃんとした野菜や果物が実っていること……」


 独り言で情報整理を行いつつ、2階にあるはずの自室へ向かった。


そしてお目当ての姿見の前にたどり着いた。


「これは一体……」


 写っていた姿に対し、明確な回答が全く導き出せずにいた。


そこに写っていたのはオレンジ色をしたペンギンではなく、身長140cm程で黒髪セミロングの人間だった。


「これは友理さんが遠征に行く際に変身する姿……。声は私のままだったから、さっき白湯のカップを手に取るまでこの異変に気づくのにかなり遅れた。いや、そもそもいつもと身長違って見える景色が異なるのに、それに気がつかない空腹の恐ろしさ……」


 白湯のカップを持った際に気づいたのは、手の形の違いと白湯に映る自分の姿だった。


返信した姿とはいえ、友理の姿。


それも目の前にあるのは友理の好きな人と同一かもしれない人物。


チョケ本は一瞬で下さなければいけない状況で、何一つ間違うことなく判断することができていたと言える。




「というよりも、友理さんは……? あれ、私なんでここに。こんなことしてる場合ではなかったはず」


 一時的な記憶障害が起きているようだった。


思い出そうとすればするほど、今ある状況の説明がつかなくなる。


しかし考えられずにはいられないのがチョケ本の性格。


だがそれは突然訪れた。


「えっ、待って。これってまさか」






 チョケ本は以前から不思議に思っていたことがある。


元の世界では睡眠がいらないのに、自室には元々ベットが置かれていた。


それもサイズは人間サイズのものだった。


今置かれている状況をまさに予見したかのように、元の世界には人間サイズのベットが置かれていたのである。


「これは……。睡魔……。だめだ、逆らえない……」


 唐突に来た睡魔に抗う術を持たないチョケ本は、ベットへ吸い込まれるようにして眠りへついた。







「あれ、これは夢の世界……。さっきの夢と違って意識が微かにある。なんだか気持ちがいい。夢を見ている時って目覚める直前らしいから、こんな気持ちいい感じだなんて思ってなかった……」






「ん、でもこんなに思考が働くものなの……? まぁでもこの気持ち良さには勝てない……。もう少し様子をみよう……」







 その後眠りは深くなり、夢の記憶はそこで終わった。





 窓から眩しい光が差し込んだ。


朝日である。


「ん、眩しい……」


 チョケ本は慣れないその眩しい光を遮るため、カーテンを閉めた。


その際いくつかの違和感にすぐ気がついた。


まず着ていたワンピースが無い。


正確には床の下に無造作に落ちており、着ていない状態なのだが、寝起き直後の脳が情報を適切に処理できていなかった。


次にベットの上に誰かがいる。


状況を考えるとあの青年である可能性が高い。


しかしカーテンを閉めたせいで、顔がハッキリと見えない。


 自分の置かれた状況に対し、やっと脳の処理が追いついてきたようで、途端に冷静さを失った。


「えっ、まって、こんなの本で見たことしかない!」


 慌てふためいていると、ベットの上にいる誰かも目を覚まし始めた。


「おはよう……。それにしても昨日はすごかったね。ちゃんと眠れたかい?」


 その声でチョケ本は確信を持った。


相手はあの青年だと。






 以前から謎に思っていたことがあった。


友理が遠征に行く際、なぜエルフの姿ではなく人間の姿になっているのかを。


 さっき謎に思ったことがあった。


夢がこんなに気持ち良いはずがないと。


 こんなのは本、それもこってこての恋愛小説でしか出てこないフィクションだとばかり思っていた。


そんな中、不意に過去にチョケ田とやらかした良くない思い出が脳裏をよぎった。








「チョケ本ちゃん! この本読んだことある?」


「チョケ田! それは友理さんに読んじゃダメって言われた本じゃない! 何持ち出してるのよ!」


「まぁまぁ、そう固いこと言わんと、ちょっとこっち来てみ」


 本来、友理にダメと言われたことは絶対にしないのがチョケ本というペンギンである。


「いや! 友理さんがダメって言ってたじゃない!」


「そない固いこと言わんと、チョケ本ちゃんが読んだことないジャンルの本やよ」


 チョケ田は言葉巧みにチョケ本を誘惑する。


「ウソ言わないで! 私がどれだけの本読んできたと思ってるのよ!」


「それはウチもわかっとる。その上で、チョケ本が読んだことないって自信持って言うたる! ウチを信じ!」


「ちなみにその本のタイトルは何なの?」


「タイトル言ったら、流石に読んでや!」


「なによそれ! ならやめるわ!」


「性欲!」


「ん……!」


 友理は恋愛には興味がある珍しいエルフだが、性欲などには興味とは違い嫌悪を抱いていることをチョケ本たちは知っていた。


しかしその理由や、そもそも性欲とは何かすらわかっていなかった。


なぜなら原初の世界と違い、この世界には子孫繁栄の概念が無く、食欲と睡眠欲同様に元から無いものとして世界が構築されていたからである。


 それらを把握した上で、その当時チョケ本の知識欲は抑えることができず、読んでしまったのである。


 幸いにも読んだことは友理にバレず、チョケ田と二人だけの秘密になっている。

 

「気いつけや。男っちゅうんは怖い生き物らしいから、騙されやすいチョケ本ちゃんはガード固くしとかなあかんで」


「何言ってるのよ。私たちペンギンだから関係ないでしょ。それよりも騙されやすいって何よ!」








 このタイミングで一番思い出したくない記憶により、チョケ本の焦りは過去一番のものとなっていた。







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