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事案10 怨み続ける者。その本意は

ズズ…ズズズ…


まただ・・・・・・またやって来る。

()()はどこへでも、どこまででも追いかけてくる。


「もう、やめてくれ・・・・・・」

体の底から湧き上がってくる恐怖。

だが男は、恐怖するのも疲れるほど追い詰められていた。



  ▲  ▲  ▲  ◆  ▲  ▲  ▲



彼の名前は乾 燥塩(いぬい そえ)


燥塩が()()に追われるようになったのは、今から二週間ほど前だ。


()()は黒いドロドロした体をしていて、目は血の如き赤く、縦長の円で奥行きがある。


「………せぇぇ………んん、………ったい…………」

いつも、何かを途切れ途切れに言っている。

でも声がしわがれているため、聞き取れない。


さらに、()()はどこでも現れる。

家、大学、バイト先、立ち寄ったコンビニ―――

本当にどこでも、だ。


じっとこちらを見つめていたり、気づかぬ間に近づいて耳元で何かを囁いたり。

それもこちらの都合を考えない。


食べていようが、話していようが、入浴していようが。

()()はどんな時もやって来る。


(本当に、なんなんだ―――)

奴に打ち勝つ手段は無いのだろうか。


ネットで調べていた、そのとき。


「何だこれ。『エスピトラ』?『妖怪があなたのお悩み解決します』?」


どうやら便利屋のようだが、妖怪とは?

妖怪が社員、ということなのだろうか。


(まさかそんなのいるわけ―――)


でも。


振り返ると、()()と目が合った。

今も何か呟いている。


(こいつがいるのなら、妖怪だって存在するのかもしれない―――)


まだ疑いは八割ほどあるが。

それでも、この環境から解放されるのであれば―――


燥塩は依頼した。


  ▲  ▲  ▲  ◆  ▲  ▲  ▲


ザァァァ―――


メールを送信した翌日。

燥塩は指定された事務所の前にいた。


今日は今朝から雨が止まない。

ボロいこの雑居ビルは所々、雨漏りが確認できる。


そんなことは置いておいて。


「すみません」

ノックをして声をかける。


「はい」


中から女が出てきた。

彼女は燥塩と手元にあるバインダーを交互に見る。


「あなたが依頼者の乾 燥塩さんでよろしいでしょうか」


「はい、そうです・・・・・・」


若いのに灰色の髪。整った顔立ち。特徴的なピアス。

これが妖怪なのか。普通の人間にしか見えない。


「驚きました?やはり妖怪に見えませんか」

「え。まぁ、はい。てっきりもっと怪物じみているとばかり」

「驚かれますよね、最初は。あ。どうぞ、お入りください」

「あ。はい、どうも。ありがとうございます」


丁寧に中に招き入れられた。


「腰をおかけになってください」

勧められるがまま、ソファーに腰をかける。


「初めまして。私は駄目オーガストと申します。オグと呼んでいただいても構いませんよ」

オグと名乗った女は名刺を手渡してきた。


「どうも」


「では早速、燥塩さんの依頼内容を詳しく聞かせていただきます」


燥塩は()()にされていること、そのことが原因となったトラブルについて話した。



あいつがいると、恐怖で身がすくむ。


そうすると、動けなくなり、体中から汗が吹きだす。全ての毛穴から水が流れ出ているとさえ思う。


そのため、食物も喉を通らないし、学校に通う気力も起きない。

それだけならまだ良いかもしれない。


だが、被害はまだある。


毎夜、金縛りになるのだ。

時刻は深夜2時から2時半の30分間ほど。

“丑三つ刻“と呼ばれる時刻だ。


その時に()()が腹にのしかかってくる。

とても重いし、冷たいし、圧を感じる。

顔を近づけてきては、また何かを呟いてくる。


毎日毎日、()()に怯えて過ごしている。



そんな感じに説明した。


「なるほど。かなり困窮しているようですね」


「はい。今奴はここにはいませんけど」

話している間、なぜか()()は現れなかった。


「おそらく私を警戒しているのだと思います」


「警戒?」


「はい。妖怪に備わる力、妖力。()()()もそれを感じ取って、私―――いや、この事務所全体を警戒しているようです」


「なるほど。あの、ところでオグさん」


「はい。何でしょう」


「何で奴のこと、人みたいな扱いしてるんですか」

サラッと彼女が「その人」と言ったのが気になった。


あんなに人間離れした姿なのに。

人らしさなんて、どこにも無いのに。



「あなたの言う()()が怨霊だからです」



「え・・・・・・?」


ザァ、ザザア―――

二人の間にあるのは激しい雨音だけ。


訳が分からなかった。


怨霊・・・・・・?

あれが怨霊なのか。


ということは、これは怨霊が取り憑いている状態?

なぜ怨霊なんかが自分に憑いているのか。


信じられないことだらけだ。


「何で怨霊が・・・・・・」


「怨霊は自身の怨みを持っている人物について回り、何かを伝えようとしたり、命を奪おうとしてきたりします」


「怨み・・・・・・」


「燥塩さん。心当たりはありませんか。自分に怨みを持っていそうな人とか、動物とか」



外に、眩い白い光が起きた。かと思えば、部屋は薄暗くなった。


停電だ。


その間も白い光は止まずに起きる

轟音を立てながら


窓には絶え間なく水が流れ続け

オグの顔に白い光が一瞬灯る


その顔は何故だが少し、哀しげだった。


(ああ・・・・・・そういえば―――)


この状況は、彼に()()()を思い出させた。


  ▲  ▲  ▲  ◆  ▲  ▲  ▲


「どうして、そんなこと言うの―――!?」

目の前で苦しそうに肩を震わせながら泣く女。


彼女は真白(ましろ)。三年ほど付き合っている彼女だ。


長い黒髪、聖母の慈しみに満ちた微笑み。

白く細い腕と脚、おしとやかな胸。

スラリとした体型、よく着ていた白いワンピース―――。


出会ったのは高校三年。

同じクラスだった彼女に惹かれた。

成績優秀。運動はできないが、芸術の才能がある彼女に。


描く水彩画は自然をモチーフにした物が多かった。

どこか温かみのある作品で、見る人を惹きつける。

彼女の性格は大人しく穏やかで、一緒にいて心地良かった。


それらの全てが好きだった。

浮気なんてされたこともない。

ただ一つ、問題があるとすれば―――


「真白は、つまらないんだよ」


「え―――」

彼女は呆然として、開いた口が塞がらないようだ。


つまらない。

ただそれだけだ。


何をしても「楽しい」しか言わない。

何を言っても「嬉しい」としか返さない。

何をあげても「ありがとう」とだけ伝える。

彼女には「ノー」が、「キライ」が無かった。


それはそれで掴みどころがなくて奇妙だし、気を遣われている気がして、不快だ。


自分から「あれが欲しい」「それがしたい」「こう言ってほしい」なんて。

今まで一度も―――言ったことがない。


いつしか、一緒に居ても楽しくなくなった。


ザァァ―――。

外は激しく雨が降りしきっている。


今いるのは、よく二人で来ていた喫茶店。

この日は覚悟を決めて、別れ話を切り出した。


いきなり別れを切り出された真白は、ただひたすら泣いていた。


我儘だとは分かっていた。

それだけで関係を終わらせようなど。

最低だとは思っている。

告白したのは自分なのに。

でも正直、もっと自分の意思を強調してくれた方が可愛いらしかった。


こちらに合わせる彼女に、もう可愛げは無い。


「今まで耐えてきたけど、もう限界なんだ。俺は真白とは一緒には居られない」


「そんな・・・・・・」

衝撃のあまり、彼女の体が小刻みに震えている。



「じゃあね。さようなら」

我ながら、相変わらず冷淡だと思う。


席を立ち、颯爽と店から出ていく。

「っ―――!ま、待ってよ―――!」


真白が何か言っていたが、特に気にも留めなかった。


その後、一週間くらい彼女からメールや電話が来た。

微塵の興味も無いから放っておいた。

すると、ある日。連絡はぷつんと途絶えた。


同じ大学に通っているが、姿を見ることが無くなった。


これで真白との繋がりは完全に途絶えた。


  ▲  ▲  ▲  ◆  ▲  ▲  ▲


「痛ぁっっ!!」

オグに頬をつままれた。

ただ心当たりを話しただけなのに。


「何するんですか!?」

「最低です、燥塩さん」

「仕事に情を挟むんですか」

「挟みます」

「良くないですよ。それ」


少しして電気が復旧した。

お互いの様子がよく分かる。


「燥塩さんの考えでは、元カノの真白さんが怨霊ではないかと」

オグはバインダーに挟んだ紙にメモを取る。


「はい。その日は今日から二週間ちょっと前で。怨霊が俺に取り憑き始めた時期とも重なりますし」



オグは顎に手を当て、考える仕草を見せてこう言った。

「答え合わせしてみますか」



「は?」

意外すぎる単語が出てきた。


答え合わせ・・・・・・?


「それってどういうことですか?」


「燥塩さんに憑いてる怨霊に直接聞くのです」


「え?聞けるなら、俺から聞くこと無かったじゃないですか」

無駄な時間を費やしたし、余計な頬のダメージを受けた。


怨霊に聞けるのに・・・・・

そんな回りくどいことを・・・・・


(なんて非効率な人なんだ)

そんなことも思ってしまう。


「先に燥塩さんに聞いたのは、怨霊の人を少しでも成仏できるようにしたかったからですよ」


「はい?成仏?」


「ええ。怨霊に物理的、あるいは術的な力で攻撃しても、消えてなくなることはありません。未練を消し去り、成仏させるしかありません」


「はい」


「怨霊の未練というのは大抵、取り憑いている人に関係しています」


ふぅとオグは一つ、ため息をついた。

「その中でも多いのが、取り憑いている人に過去に何かされて、謝ってほしいだとか償ってほしいだとか。そのようなものです」


「はい・・・・・・」

真白も俺に謝ってほしいのかな。

それを考えると、胸が重くなった。


「怨霊となった人は謝ってほしいのに、取り憑かれた人は覚えていない―――それは残酷だとは思いませんか」

「確かに」


「そんなことになっていないか。試す意味でも聞いたのです」

「なるほど」

思わず頷いてしまう。



「では聞いてきますね」

オグはドアを開け、外に出て行った。


「ふぅぅぅ・・・・・・」

長いため息をつく。


真白との思い出が、一気にフラッシュバックする。


桜並木の下で手を繋いで歩いた、春の日。

早朝の海辺で隣り合って座った、夏の日。

家デートながらも各々好きな本を読んだ、秋の日。

雪が降るのを眺めて「寒いね」と笑いあった、冬の日。


しみじみと幸せを感じていた日々。

自分から手放した、その日々。


今まで何とも思わなかったのに―――。

今では輝いて見えた。無性に眩しく煌めいている。

全ての思い出にいる彼女は、もう怨霊に―――


(あれ―――)

ということは―――


(真白は、死んだのか・・・・・・?)

今更ながら気づいた。


彼女は、死んだ。

どんな風に死んだのだろうか?

持病は持っていなかったから考えられない。

だとしたら事故。あるいは、他殺。


それだけの選択肢で終えてはならない。

もう一つ、可能性がある。

考えたくなかった。でも否定はできない。


(まさか―――自殺?)


彼女が自ら命を絶ったとしたら?

原因は破局か、それ意外か。

後者だったら、どれほど救われるか。

前者だったら―――


『彼女の命を奪った。自分が彼女を―――殺した』

その意識に苛まれる。


「・・・・・・ごめん」

ぽつりと、謝罪の言葉を述べた。

―――返答はない。


(て、おい)

燥塩はぶんぶんと頭を振るう。


(真白はもういない。それで謝ったって何の意味もないじゃないか)

無駄な行動だ。

どれだけ伝えても、もう彼女には伝わらない。

気持ちを切り替えようと頬を叩く。



ガチャ


ドアが開かれ、オグが部屋に入る。


「オグさん、結果はどうだったんですか」


オグはバインダーを見ながら返答する。

どうやらメモを取ったようだ。


「違いました」


「へ・・・・・?」

間の抜けた声が出た。


違った・・・・・・?


「ええっと。つまりはそれはどういう―――」

「燥塩さんに取り憑いている怨霊は、真白さんではありませんでした」


「はあ・・・・・?」

理解できなかった。

怨霊は真白ではなかった?


じゃあ、あの怨霊は誰なんだ―――?

真白以外に心当たりは全くない。


「燥塩さんに取り憑いている怨霊の名前は間透 陽太(かんす ようた)さん、だそうですが。心当たりは?」


「いえ。全く」


「はああああ!!??」

後ろから怒りのこもった声が聞こえた。


「うおっ!何!?」

振り返ると怨霊がいた。


怨霊はこちらを睨みつけてきた。


「陽太さん落ち着いて。深呼吸、深呼吸」

オグが横からなだめる。


怨霊は言われた通りに行動する。

すると黒いドロドロが落ち、姿が変わる。


眼鏡をかけた小太りの青年。


(ん・・・・・・?)

その姿には見覚えがあった。


「ほぉらぁ!!高校の同級生の!忘れたのかよぉ!」

胸に手を当て声を張り上げた。


その必死の訴えに、頭の片隅の記憶が蘇る。


  ▲  ▲  ▲  ◆  ▲  ▲  ▲


高校時代、ドライな自分にはあまり友人がいなかった。


“冷静に分析して自分の意見を述べる“

それは長所でもあり、短所でもある。


それがあってクラス委員長の仕事ができた。

それがあって周りから人がいなくなった。


だけれど。

一人、どれだけ辛辣な言葉を突きつけられても。

燥塩にしつこく関わってくるやつがいた。


それが陽太だった。


「乾ぃー。今日うちでゲームしない?」

「弁当ないからさー食堂で食べようぜー」

「頼むよぉ!!英語の宿題、写させてくれぇぇぇ!!」


と、そんな感じで。

いつも絡んできた。



猛暑のある日。

この日は二人並んでアイスを食べていた。

そこでふと。

「何で?」

と、彼に聞いてみた。なぜ自分と関わるのか。

「は?何でって何が?」

質問の仕方が悪かった。聞きたいことが伝わってない。


「何で俺に絡んでくるんだよ」

「はあ?」

聞かれた陽太は不機嫌そうに眉を曲げた。


「なんだよ。迷惑だってのか」

言い方が悪かった。誤解を生んでしまった。

「そうじゃなくて―――」

こんなことを聞くのは何か、恥ずかしい。

頭をポリポリかきながら続ける。

「何でこんな、ドライで冷たい男と関わるのかなって」


「はあ・・・・・・?」

訳が分からないとばかりに顔を歪める。

「なぁに言ってんの、お前。普通に楽しいからだし」


「な・・・・・・・!」

聞いたこっちの顔が赤くなる。

よくもそんな台詞を平然と出せたものだ。


「た、楽しい?ほんとに?」

「ほんとだよ。何で疑われなきゃならんのかねぇ」

やれやれと、肩をすくめ首を横に振る。


「色々キツイこと言うのに?」

「まー確かにな。でもほとんどノーダメージだよ」

「え。どうして―――」


「お前の言葉には悪意が無いからな」


陽太はアイスキャンディーの残りを一気に食べた。

燥塩は動かなかった。いや、動けなかった。

彼がその言葉を言った背景を想像するのは容易い。


二人の間、静まりかえる。


「んて、黙るなよぉ」

沈黙に耐えられなくなった陽太がツッコむ。


「いや・・・・・・えっと。その。何て返せばいいのか、分からなくて。えっと―――」

自分にしては珍しく、しどろもどろになった。


「おれは昔イジメを受けててな。まぁ酷い言葉は言われ慣れてるんだわ。それだから分かるんだぜ?お前の言葉はただの意見であって、悪意は無いってさ」

特に気にしてもいない様子でそう言った。


「そう、なんだ」

いつも通りの返し方。でも言い方は少し違った。

「おやぁ?珍しいですな〜。ドライな乾君が他者の過去に反応してくれてる」


「いや。普通、友達がいじめられてたって知ったら誰だって―――」

そこまで言いかけて止まった。

今、自分は彼のことを何と言った?


―――友達―――


言った後に顔を真っ赤にする。


「ははっ。なんだい乾君。トマトみたいな顔して」

ニヤニヤ、不愉快な笑みを浮かべる陽太。


見てるとだんだんイラついてくる。

「この話は終わりだ、終わり。お前は終わった話蒸し返すこと多いから、絶対やめろよ。それすごい不愉快だから」

「終わりってお前から振ってきたじゃねーか」



  ▲  ▲  ▲  ◆  ▲  ▲  ▲



思い出した。


自分は彼のことを

「友達」と無意識に言った彼のことを


忘れていた―――


そんな自分に失望し、うなだれる。


「ったく。やっと思い出したのかよぉ、バカ乾」


「何で」

「またかよ。だから何でじゃ何も分かんねぇって」

「何で俺に取り憑いて―――」

そこでふと、一つだけ思い浮かんだ。

「まさか―――」

「お?思い出したか、おれの怨み」


それは真白のことだ。


真白は皆の憧れだった。

男子達は恋焦がれ、女子達は羨望や嫉妬の眼差しを向けていた。

そんな彼女だ。


きっと陽太も好きだったのだろう。

それなのに。


“こんな冷たくてドライな奴に取られた“

そう思ったに違いない。


それに自分は彼女をひどくフッてしまった。

それも許せなかっただろう。


「ごめん」

「ん。謝罪は受けとっとくから早く返して―――」

「本当にごめん」

「うん。もういいから早くk―――」

「ごめん―――陽太」

「いやだからいいって言ってんだろ!それよりも!おれは返して欲しいんだよ!!」


また黒い物が彼の周りを漂う。


(ん?あれ?)

そこでやっと気づいた。彼と話が噛み合ってない。


「返せ?返せって、何を」

「はあああ!?お前、おれに1000円借りたこと忘れてたのかよぉ!?さっきの何の謝罪だよぉ!?」


1000円・・・・・・?


(あ。そういえば借りてたかも)


ある日。学校からの帰り道。

この日も蒸し暑くて、喉が猛烈に渇いていた。

飲み物を買おうとしたが、百円玉さえ無かった。

だから一緒に帰っていた陽太に1000円借りたのだ。


そのまま返さず、高校を卒業して三年も経つとは。


なんたる失態。

情けなさと恥ずかしさのあまり、手で顔を覆う。


「思い出したよ・・・・・・そういや借りてたね」

「たく。ほら、分かったら返してくれよ」


燥塩は財布から1000円取り出す。

手渡しで渡すも―――通り抜けてしまう。


「て。渡せないじゃん。お前、死んで触れない幽霊になってるから」

「そんな言い方すんなよー。ま、確かにな。どうしましょうかね、オグさーん」

ずっと蚊帳の外で放っておかれていた彼女。

急に声をかけられたものの、驚く様子はなかった。


「陽太さん、これはあなたの気持ちの問題です。本当は、お金なんてどうでもいいのでは?」


(え?)

その言葉に燥塩は驚く。


お金はどうでもいい?

じゃあ、こいつは何のために―――。


そう言われた陽太は頷きながら何やら呟く。

「うん。そうだったのかも・・・・・・」


「陽太?」


「おれ、高校卒業してから、普通の会社に就いたんだよね」


「いきなりどうしたんだよ―――」

「それでさ」

こちらの質問を遮ってもなお、彼は話し続ける。


「別に特別なことなんて起こらなかったよ。何の変哲もない人生だった」

吐き捨てるような言い方だ。


「まぁそれでも。それなりに幸せだったよ、おれ。階段から足滑らせて頭を打って、転落死したんだけど」

後頭部を擦り、顔を俯ける。


「魂だけになって、倒れてる自分を見た時に気づいたんだ。『おれは死んだんだ』って。それ自体は『ああ、そうか』ってくらいのことだったんだけど」

そこまで話して黙りこんでしまった。

少し間を空けてから、また話し始めた。


「その後、親父とお袋に声かけようとしても全然気づいてくれなくてさ。他にも試したよ。会社の同僚とか上司とか、近所の爺さんとかにもな。それでも―――ダメだった」

手を無気力にだらんと下げた。

話している間、陽太はこちらを見ようともしない。

「正直、死んだことよりもそっちの方が堪えたよ。―――いや、それで本当に死を感じたのかもしれない。そんなの受け入れられなくて、必死にまだ存在している証明が、欲しかったのかも」


ゆっくりと頭をもたげて、燥塩の方を見た。

「それでさ。色々考えて、苦しんで苦しんで。浮かんだのがお前の顔だった。なんだかんだ言って、高三の時よく一緒にいたもんな、おれ達。だから、お前ならおれのことを分かってくれるって、認識してくれるって思ってた」


そこまで言って大きなため息をついた。

「でもさあぁぁぁ―――!実際会いに行ったらどうよ!?お前は可愛い真白さんと付き合ってると思ったら、つまらないだの可愛くないだの言って、勝手に別れて!何様だほんとに!?」


指さし怒ってくる陽太に、燥塩は何も言い返せなかった。

自分が相手のことを考えず、自分の意見を通そうとする傲慢さは、否定できない。


「別にそんな、本気でキレてねーよ。ま、それでさ。そんなお前を見てたら、なんか頭にきて。そして連想ゲームみたいに『あいつこんなこと言いやがったな』『こんなことされたな』って昔のこと思い出して。んで返されてない1000円に行き着いたわけよ」

「いや、連想ゲームみたいにって」

「だってお前、なんにも変わってねぇんだもん」

「ま、確かに変わってないかもな」


はぁと二人は同時にため息をついた。

「なんか、もうどうでもいいわ。1000円とか。最終的にお前におれの存在を認識させれたわけだし」

「じゃあ、もう逝くのか?」

「おう。取り憑いて苦しめて、申し訳なかった」


燥塩に背を向けて陽太は一言。

「じゃあな、乾。最後に、幸せになれよ」

陽太の体は白い光に包まれ、崩れるように消えていった。


「燥塩さん」

「はい」

オグの顔には気遣いが表れていた。

「あ。大丈夫ですよ。俺、ドライなんで」

「・・・・・・そうですか」

「あ。ありがとうございます。解決していただいて」

「それが仕事ですから」

「じゃあ、報酬―――」

燥塩は報酬を渡そうと財布を漁る。

オグが横から手を重ね、それを制止する。

「いえ。頂けません」

「え?でも―――」

「その代わり」

オグは顔を少し近づけた。

「陽太さんのお墓参りに行ってあげてください」


  ▲  ▲  ▲  ◆  ▲  ▲  ▲


数日後。

燥塩は陽太の墓参りに行った。

墓を洗い、花を供え、線香を焚いた。

「陽太。俺はお前のこと、もう忘れないから」

手を合わせて、そう誓った。


ありがとう。


どこからかそんな声が聞こえた。


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