事案9(1) 活気あふれる地上祭
長い上に、詰め込みました。
ズズ…ズズズ…
擦る音を立てながら、大穴の蓋が外された。
外と中の者は一年ぶりに顔を合わせる。
「よぉ。鬼村さん、だったよな?」
「一年ぶりだなぁ。牛田さん」
外にいたのは二足歩行の牛の妖怪、牛田。
中にいたのは痩せた男の鬼、鬼村。
牛田は、縄でできた梯子を下ろし、鬼達が出られる準備をする。
鬼が何体か地下から這い出てきた。
「今日から始まるのか―――地上祭が」
一年に一度、八日間だけ行われる地上祭。
鬼族が地上に出て、様々な妖怪と触れあったり、自分達の作った工芸品を販売したりする。
鬼達は地下で暮らしているため、鉱石や地下資源の採掘を、主な生業としている。
鉄鋼石や石炭なんかは地上に運搬するが、鉱石は地下側で加工して商品化している。
この期間、地上の妖怪が地下に降りて、色々見学することもできる。
▲ ▲ ▲ ◆ ▲ ▲ ▲
「うう・・・・・・気分悪っ」
「一気にGを感じたぜ・・・・・・」
「はい?ただ跳ね上がっただけで酔わないでしょう?嫌味ですか?」
一方こちらは、エスピトラの社員達。
テルビーエに到着したようだ。
「いや、別にそういうわけじゃないけど」
オグとケンカしたら圧勝だろう―――彼女が。
だから、文句はこれ以上言わない。
「では。私は別の用事があるので、ここで」
「え?何か別に予定が―――」
「君達には何の関係もないことです」
満面の笑みでそう言うオグ。
これは間接的に『何も聞くなよ?』と言っている。
聞いても誑かされて無駄になるだろう。
諦めるか。
「そっか。行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
オグはここで別行動となった。
「じゃあ、こっちも行こうか」
残りの三人は電車で南帯へと向かって行った。
▲ ▲ ▲ ◆ ▲ ▲ ▲
20分ほど経って南帯に到着。
「それにしても。相変わらず淋しい場所だね」
ゴツゴツした岩だらけでほとんど植生が無い、南帯。
かつては鬼族が暮らしていたが、地下で暮らすようになってからは何も住み着かない。
今は、地上祭の会場および研究の実験場として利用されている。
「おおー。もう始まってるみたいだね」
そこには多くの屋台や集まる妖怪達の姿があった。
「色々あって目移りしちゃうねー」
屋台には、様々な宝飾品や、工芸品が並んでいる。
無機質なテーブルの上で星の輝きを放つ宝飾品達。
しかし、それに魅せられた妖怪達が屋台の前に押し寄せる。
(これじゃ、よく見えないな・・・・・・)
宝飾品とかの写真も撮りたかったのに残念だ。
「ここで買い物してくのもいいけど。せっかくだから降りてみようぜ」
オキミが行く先を指さしながら誘う。
そこにあるのは大穴。
はしごで、鬼やその他の妖怪が、行き交っている。
「いいね!降りてみよう」
心の中でオキミに「ありがとう」と言う。
・・・・・・何か、口で言うのは照れくさかった。
ギュッギュゥと、心細くなる音を立てながら、梯子で下りる。
▲ ▲ ▲ ◆ ▲ ▲ ▲
地下に下りると、地上とは違う景色が広がっていた。
周りを石壁で覆われ、巨大な鉱石が生えている。
見上げると、地上の木々の根や水道がむき出しだ。
地下域の街並みはアジアンな雰囲気だ。
赤や橙の瓦屋根で白い壁の家々が連なっている。
「なんか異世界に来たみたいだよねー」
この珍しい光景を、忘れずに写真に残す。
「鬼達も楽しんでるみたいだな」
向こうの方に鬼達が集まっているのが見えた。
鬼のほとんどは色白く、体も少し小さい。
一年に八日しか日光に当たらない生活を、何年も続けているからだ。
そのため熱中症や過度の日焼けの危険性があり、地上祭は夏ではなく、11月のこの時期に開催する。
「すいませーん。皆さんを撮ってもいいですかー?」
「え?私達を撮るの?いいけど」
「俺も別にいいですけど。物好きですねー」
「ありがとうございまーす!」
こうして、鬼達も写真に収められた。
「よしよし。上手くできてるぞ」
ナルは一人、達成感に浸る。
「買ってきました!名物の『チカダケ焼き』です」
「え!?いつの間に?」
ひなとが気づかぬ間に買い物していたようだ。
『チカダケ焼き』とは、地下にしか自生しない“地下ダケ”をバターで焼いたシンプルな料理である。
地下ダケは、色が白く一本が長いことが特徴だ。
そのために、チカダケ焼きは七等分に切って1セットになっている。
「ん―――うん、おいしいね」
「地上のと違って、ふわふわしてるよな」
皆でめったに出会えない味を、しかと味わう。
「この後はどうします?祭りのスケジュールでは、族長の挨拶が、広場で行われるようですけど」
「え!?族長挨拶!?」
族長とは、南帯および地下域の支配者のことだ。
そして、族長である帝 金鋼は鬼族最強と言われている。
それはぜひとも行きたい!会いたい!
それに、娘で次期族長とも噂される、帝 紅玉の写真も撮りたい。
「天使あるいは女神」と言われる、彼女の性格・所作・心遣いは多くの妖怪の心を掴んでいる。
二人は鉱鬼族という種だ。
鉱石を生み出し、雨のように降らせたり、相手に突き刺したりして、攻撃する。
鬼の種の中では、トップクラスの強さを誇る。
「じゃあ行こうか!」
三人は地下域中央広場へと向かった。
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「うわー。やっぱりいるよね、たくさん」
広場は多くの妖怪達で埋め尽くされていた。
「うっわ。ここに入りたくねー」
「うう・・・・・・憂鬱です」
二人も顔をしかめて嫌がっていた。
「あ!おい、見てみろよ!」
オキミが指差した先を見ると。
二人の鬼が少し高い所で並んで立っていた。
「皆さん。一年ぶりにここで!会えたことを心より感謝しております。族長の帝、金剛です」
強面で、顔にいくつも傷がある、厳つい族長。
しかし彼は、風貌に似合わず、深く一礼する。
「八日間と限られた時間の中で、皆様とより親睦を深められることを大変嬉しく思います。帝、紅玉です」
白い肌、真紅の髪、頼りない細い体の彼女。
しかし、白く長い二本の角は、彼女が鬼であることを強調づける。
あれ・・・・・・?
ナルはどこか違和感を覚えた。
何だろう?何かが去年と違っている。
二人をじぃっと見つめ、考える。
「あ!!」
違和感の正体が分かった!
「うわ!何だよ急に!」
「何って、ほら!紅玉ちゃんが立ってるなんて!」
「ああ?珍しいのかよ」
「だってあの子、体弱いんだよ。いつも車椅子なのに」
紅玉は体が弱い。時に貧血を起こし、目眩がして、車椅子に乗ることがある。
特にこのような大事な場面では、緊張から倒れてしまうことが多くある。
「すごい!珍しいよね!ねぇ―――」
ひなとくん―――と彼に呼びかけようとしたが。
言葉が出てこなかった。
なぜなら、彼を見たときに衝撃を受けたからだ。
深く考え込む顔だった。
その中に無邪気さや幼稚さなど一欠片もなく―――
「あ!はい。何でしょう、ナルさん」
と思ったら急に変わった。
いつもの可愛いひなとだ。
「え。い、いや。何でもないよ」
少し返答に迷ったが、ここは聞かないでおいた。
もしかしたら、この無邪気さは全て嘘―――
そう考えるとゾッとした。
◆ ◆ ◆ ▲ ◆ ◆ ◆
「この後は買い物でもするか?」
族長挨拶が終わり、一行は彷徨っていた。
「毎年お馴染みだよね。屋台の物って宝飾品以外は2000円あれば買えるし」
そうして三人は分かれて買い物することになった。
ナルは一人、商品の写真を撮りまくる。
もちろん気に入った安価な商品は購入した。
けれど、宝飾品はとても手が出せない額だった。
気に入ったデザインのピアスが買えない・・・・・・!
そんな歯がゆい思いを繰り返しながら練り歩いていると。
「あ、あの!・・・はぁ、はぁ・・・・・便利屋さん、ですよね!?はぁはぁ・・・・・」
後ろから息を乱しながら、女性が声をかけて来た。
振り返ると、そこにいたのは―――紅玉だった。
「え?ええ!?こ、紅玉さん!?なんで!?」
衝撃的な状況に驚きを隠せない。
「い、いきなり話しかけて、申し訳ありません!」
彼女は勢いよく、深く頭を下げる。
「あ、あの。尋ねたいことが―――」
「とりあえず落ち着いて!お茶にしましょうか」
近くの茶屋を指さす。
「は、はい・・・・・・」
二人はその茶屋に入った。
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向かい会うように席に着いた。
面と向かうと、緊張する。
ふぅと気だるげにため息をつく、彼女の艶っぽさもあるが。
何より緊張する要因は―――
(彼女は鬼族の姫―――なんだよね)
こんな風に、身分の高い人と対面するのはいつぶりか。
とりあえず言葉・所作には気を配ろう。
「ええっと。ご注文はどうなさいますか?」
「ナルさん。年上なんですから、タメ口で話しても大丈夫ですよ?」
「え!?何でおれの名前知ってるんですか!?あと年齢も」
「執事に聞いたら調べてくれて。それで知ったのです」
「ああ、なるほど」
紅玉はほうじ茶と、ナルは抹茶と団子を注文した。
二人で食べられるように六個の物にした。
品が来るまでの間、彼女の話を聞く。
「で尋ねたいことって?」
「はい。彼のことなんですが―――」
言いながら、彼女は一枚の写真を机に置いた。
そこに写っているのは一人の青年。
顔の左側に火傷の痕があり、短い小麦色の髪をしている。瞳も小麦色だ。
体は鍛えていたようで、細マッチョという感じ。
鬼族は体が成長しにくいのに―――珍しい。
それに肌の色が黄褐色なのも珍しい。
一本だけ生えている短い角は、少し欠けていた。
「名前はナナシって言って、私と同じ19歳。天邪鬼で混血なんです」
「え?ちょっと待って」
「一年前、何の連絡も無く、忽然といなくなってしまったんです。私の大事な友達なんです。ナルさん、知りませんか!?」
「いやいや!ちょっと待ってよ!」
情報が多すぎて、頭が追いつかない。
一つ一つ整理していこう。
「まず彼はナナシくん、だね?それで天邪鬼の混血と。・・・・・・ん?混血!?」
自分で言ってから、改めて事の異常さに気づく。
「ええ!?混血!?彼、混血なの!?」
「はい。驚くのも無理ないでしょう。骸教では人間との関わりを禁じ、混血の存在なんてもっての外、ですから」
「ええ?じゃあ何で―――」
「天邪鬼は幻術を使う種です。そして彼の母親は、幻術で自身を人間のように見せ、人間社会に呑みに行くのが趣味だったそうで。そこで出会った人間との間に、彼が産まれたということです」
「そうなんだ。人間、怖くないのかな?」
「彼女、小さい頃から人間に興味があったそうです」
「へぇぇ―――」
知らなかった。
骸教の教えが浸透した鬼族の中にも、人間に興味を持つ者がいたなんて。
「話それちゃいましたね」
「あ。ごめんね」
「いえ大丈夫です。それで、話をもどすと―――」
「紅玉ちゃんの大切な友達のナナシくん。なぜか一年前、急に姿を消してしまったって話だよね?」
「はい。彼、いつか地上で暮らすことを考えていたんです。それで地下と地上の両方でバイトをしていて。どちらも聞いてみたのですが、来てなくて」
話すにつれて紅玉の頭と声の調子が落ちていく。
すると突然。
「そのときに!」
急に頭をあげ、声も張り上げた。
「便利屋さんを見つけて。もしかしたら彼は今、人間社会にいて。便利屋さんとも関わりがあるのかもと思ったんです!」
ぐっと彼女は顔を寄せてきた。
「それで!彼とは会ったことありますか!?そうじゃなくても、見かけたことあるとか。あ!彼の姿をしてなくても、高い妖力を感じた人間や動物がいたとかは―――」
「ちょっと待って!落ち着いて紅玉ちゃん!」
「あ・・・・・・ご、ごめんなさい」
大人しく席に着き、しゅんとうなだれた彼女の姿。
これは反省した子犬だ。
「ゆっくり答えるから。まず、少なくとも、おれは会ったことない。見かけたこともないかな」
「そうですか」
「それに他の皆もないんじゃない?もし遭遇してたら、声かけて事務所に連れてくるだろうし」
「そう、ですか」
紅玉はかなり落ち込んでいるようだ。
(ダメだ!女の子を悲しませるなんて!)
ナルの"愛の精神"が警鐘を鳴らす。
愛の精神とは、周りの者に愛を持って接し、喜びを分かち合うという―――よく分からない思想だ。
ナルなりの社会との関わり方だが、理解してくれる者は少ない。
「分かったよ、紅玉ちゃん。おれ達も探すよ、ナナシくんのこと。だから安心して!」
「ナルさん・・・・・・!」
「何より」
「?」
探す理由はは愛の精神だけじゃない。
「ナナシくんは紅玉ちゃんにとって特別な友達みたいだし?」
分かってるよとばかりに、ウインクをする。
「ち、違います!そんな関係じゃありません!」
紅玉は真っ赤な顔で、頭をふりふり横に振る。
なんとも可愛らしい動きだ。
「お待たせしました。ほうじ茶と抹茶でございます」
そこで注文の品々がやって来た。
「せっかく来たんだし、ゆっくりしようよ」
「そうですね」
「そういえば紅玉ちゃん、今年はどうしたの?」
「どうしたというと?」
「族長挨拶のとき、車椅子じゃなかったから。気になってさ」
「ああ〜。乗る必要がないくらい、強くなったからですよ。自然と」
「成長してってことかな」
「はい、おそらく。主治医にも驚かれました」
「そっか。まぁ、元気ならそれでいっか」
「そうですね。健康は大事ですし―――」
それだけ言うと、紅玉はうつむきながら、団子を口に入れる。
「あ!美味しいですね、ここのお団子」
「え。来たことないの?」
「はい。肉体的に遠出が難しくて。普段、あまり家から出ないので」
「そうなんだ」
てっきり、午後はこういった店でお茶して、過ごしているのかと思っていた。
勝手に優雅な暮らしをしていると、イメージづけてしまった。
失礼だったと反省する。
「あー。美味しかったねー」
団子も茶も全て堪能した。
「はい。ありがとうございます。ナルさんのおかげで楽しい時間を過ごせました」
「いやいや。お礼を言われるようなことしてないよ。それに―――」
ナルは立ち上がる。真剣な表情をしている。
「ナナシくんを見つけ出さないとね」
「改めてお願いします」
紅玉は深く頭を下げて、頼み込んだ。
▲ ▲ ▲ ◆ ▲ ▲ ▲
「その後、おれが払おうとしたんけど。頼みごとしたから払うって聞かなくて。奢ってもらっちゃった」
事務所に帰り、他の社員達に報告する。
テヘッと舌を出したナルの頭に、オキミのチョップが襲いかかる。
「いてっ!何すんの」
「なに、ちゃっかり奢ってもらってんだよ」
「はぁぁぁ・・・・・・」
「なに?オグさんも何か?」
オグの長いため息が不満で、訳を聞く。
「借りができてしまいました。これじゃ断れませんよ」
「断るなんて選択肢ある?依頼者も内容もビッグな案件だよ?」
「ですね―――簡単ではありませんが、全力を尽くして、見つけ出しましょう」
「「「おー!」」」
そうして、ナナシの捜索が始まった。
続く
あまりに長いため、急遽、二話編成に変更しました。