人殺しより怖い
3月初めの日。
山は雪が残っていたが、例年より随分気温が高い。
梅が咲き始めている
風も甘ったるい。
神流剥製工房の元にも
春の精、が尋ねてきたのか。
美しい娘が2人。聖の前に座っていた。
1人は紫色の髪
フリルたっぷりの白いブラウス、赤みがかったシルバーのミニスカート。
1人は長い髪をアップにしてピンク色の大きなリボンでまとめている。
同色のフワフワしたワンピースに、ブーツもピンク。
(ゲームのキャラみたい。女の子って着る服で雰囲気変わるんだな)
聖の目尻は下がりっぱなし。
楓と椿の、可愛らしい笑顔にやられているワケでは無い。
2人を、恐れ身構えて迎えたが、
…………無かった。
2人の手に、人殺しの徴は無かったのだ。
恐ろしい推理は、違っていた。
「ダディ、おかえり」
楓はいとおしそうに剥製を抱く。
老いたビーグルは、5才位若返えった姿に作った。
(ありのままでは貧相すぎて)
「やっと3人になれたんやで」
嬉しそうに椿が言う。
「3人になりたかったんだ」
聖は深く考えずに、単に相づちみたいに返した。
すると椿が
「剥製屋さん、聞いて。私と楓が、どんだけムカついてたか」
大きな目をぎらつかせて言うでは無いか。
「ああ、えーと。複雑な家、だったらしいね」
聖は話を聞く態勢になった。
人殺しで無いと分かり
何も警戒していない。
「だいたいな、身体弱い、メンタル弱いオカンもったんがハズレやわ」
椿は、まず母親を罵倒。
物心付いた時から、母親のせいで安穏と過ごした日は無かった、という。
「オカン、ずっと寝てるか、ピアノ弾いてるか、病院通いか、たまに贅沢旅行や。」
母親は音大を出た後、働いた事は無い。
絵に描いたような<世間知らずのお嬢様>だった。
祖父母は身体の弱い、我が儘な一人娘の言いなりで
孫娘に構う余裕も無かったという。
父親は遠縁からの養子。
単身赴任で、一ヶ月に一度位しか家に居なかった。
「バスの事故で、死者が出たと聞いて、期待したんや。オカンが死んだかもと。余命2年と言うてたけど当てになれへん。早い方がいいやん。がっかりや。……よりによって、オカンだけ生き残った」
母親と、のちに入籍した男(満)が親しくなった経過は知らない。
事故から間もない、祖父母と父親の四十九日の法事に、既に一本松家に来た、と言う
それから頻繁に娘2人と尋ねてくるようになった。
「オッちゃんはな、色々してくれてん。オカンは何も出来ないからな。オカンの相手してくれるのも、助かったわ」
と、楓が言う。
椿が大学に入り家を出ていたので
広い家に、ずっと母親と2人で居るよりは、時々満達が来てくれた方がマシだと思ったという。
「それがな、いつの間にか入籍してたんや。私と楓に相談もせんと。いきなり、新しいお父さんと妹2人、引っ越してきた。考えられへんやろ。オカンは3人を一本松の籍に入れてしもたんや。余命短いというのに」
先の短い病人を支えて呉れるのは有り難いが
まさか正式に家族になるとは想定外だった。
「オッちゃんはともかく、アイツラは最悪や。自分の家みたいに、はしゃぐし、ダディを侮辱するし、下手くそにメチャクチャにピアノ弾きよるし……」
楓は、<妹達>をなじりながら、笑っていた。
「ご飯作ったり、洗濯したり、オッちゃんが1人でしてたんや。……無理やろ。結局、楓が手伝い、私も、授業の無いときは実家に帰って家事労働してた。あほらしいやろ」
椿も腹立たしい思い出を、面白そうに語る。
「ほんでな、オカンが、やっと死んだと思ったら、ブス女が子を連れて来てん。オッちゃんの妹やのに全然似てない。お母さん替わりになりたい、言うてな、猫なで声出して優しい女を演じたんや。私も楓も騙されてん。お手伝いやと思って住まわせた。けど皆のご飯作ったのは初めの1週間だけやったらしい。なあ、楓?」
「そうやで。それもマズくて食べられへんかったわ。まともに料理なんかした事ないねんで。あれでは旦那に逃げられるのも無理ないわ」
佐川久美は、夫に逃げられ、実家に帰りたかったが、
旅館の仕事を手伝えと言われ、それが嫌で満を頼って来たのだという。
仕事を探してはいたが、本人の希望に添うような仕事は無かったらしい。
「それで、結局、家の事は貴女たちが?」
聖は、前に会ったとき酷く荒れていた姉妹の手を思い出した。
「オッちゃん1人では無理やからな。小学校まで車で送迎してたしな。私が手伝うしか無い。姉ちゃんも助けてくれた」
中学は自転車通学だが
小学校は分校が閉鎖になった都合で
あゆみ(満の連れ子)と夢花(久美の子)は遠い本校に通っていた。
「いよいよアカンと思たのは、アカネとアユミがユメカを虐めだしたと、楓に聞いてからや」
椿は嫌なことを思い出したように
初めて不快そうな顔になった。
年の近い女の子3人、仲良く出来なかったらしい。
それは感じが悪い展開だと、聖は普通に思った。
姉妹がテンポ良く明るい口調で語るので
登場人物が死者であるのをふと、忘れてしまう。
「自分らはオッちゃんと血が繋がってない。ユメカは血の繋がった姪やろ。オッちゃんを盗られたらあかんと必死や。ユメカは殴ったり蹴ったりされて、わたしのとこに逃げてきた。『楓お姉ちゃん助けて』って」
久美は娘に無関心だった。
再婚相手を探すと婚活に励み
ジムやエステに通い(外見の)自分磨きに心をとられていた。
「何か手を打たな、楓が壊れてしまう、と思った。アカネとアユミがいらんなと、最初は考えた。どうしたろうか具体的に計画組む途中で、あ、皆、いらんやん、と分かった。一本松家は、私と楓とダディ。それが正しいと。そう思うでしょう?」
「えっ?……あ、そう思っても無理はないかな……」
聖は姉妹が<人殺し>では無いので
殺された被害者達をどれほど疎ましく思っていたとしても
何の罪も無い事だと受け止めていた。
だが、椿の告白は一家惨殺計画へと……。
「山の中の一軒屋やろ。強盗殺人を偽装できるんちゃうかと考えてん」
「……?」
「犯人の持ち物や指紋が残っていても、迷宮入りになってる例があるやんか。ほんで遺品整理のバイト始めた。楓は、大学の友達の名前で。背が高いからごまかせた。死人の服を現場に残せば余計に迷宮入りになりそうやん。エアガンも手に入ったからな。第一の武器に決めた」
「へっ?……椿さん、それって、なんの話?」
聖は面食らっている。
薫や自分やマユの推理、姉妹犯人説を、なんで語るの?
「まずエアガン、そんで植木バサミ使おうと。触らんで済むから。楓と密かに裏山でシュミレーションした。ダディが逝ったら決行しようと。墓地のイケメン、をイメージして犯人像を作ることにした。背の高い標準語の男を。剥製屋も似た感じやん。これも犯人にしよう。具体的なイメージがあった方が、楓が警察の質問に答えやすい。ナンバープレートは作り終えてたし……いよいよ本番」
「あの……何この話、まるでさあ……」
聖は、もう何と言って良いか
何を聞くべきかも、分からない。
「まるで、私たちが犯人みたい? ふふふ。そうだけど、そうじゃないの」
「はあ?」
「剥製屋さん、ここからが、あんたに聞いて欲しい真相やねん。一番に男を、オッちゃんからのスケジュールやった。ところがな、オッちゃん目を覚ましてん。そしてな、私らの様子見て自分の運命を知った」
「……それで?」
「オッちゃん涙ポロポロ流した」
満は武装した義理の娘達の姿を見て
涙を流した後に
<かわいそうに。ええよ。したいように、したらいいよ>
と、無抵抗に横たわり、目を閉じた。
椿は満の言いぐさが勘に触ったという。
「そうしたいなら、そうすればいい……オッちゃんの口癖や。誰にでも、そう言うねん。誰にでも受け身で無限に優しいねん。それであの顔、あの色気やろ。オカンも一発で惚れてしまった」
満は優しすぎる男だった。
頼られれば何でも引き受け
甘えられれば我が儘に応じる。
人を幸せにするのが使命のような
随分変わった性分であった。
「だいたいが、全部オッチャンの撒いた種やろ。聖人のつもりか?……違うやろ。只の腑抜けやん。後始末も自分でできないくせに」
椿に責められ
満は(そうやな、ゴメンな。……後始末、するわ)
自分が皆を殺し、自分も殺す、と言い出した。
「え、え?……あ、じゃあ実行したのは……」
聖は、椿が語る事実が突飛すぎて、もう、分けが分からない。
「オッちゃんや。……なんで剥製屋にこんな重大な秘密を打ち明けたかというと、事件の片がつかんと、家を処分出来ないからです。……まだ指紋やらなんやら捜査が終わってないねん。迷宮入りになるよう計画したけど、オッちゃんの働きで状況が変わった。警察は永遠に事実にたどり着けないと思う。こっちで証拠出して終了させたい」
「証拠?」
「これです」
楓が携帯電話をテーブルの上に置いた。
「?」
「オカンの携帯や。オッちゃんがエアガンと植木バサミと持ち替えて1人で殺ったのを動画に撮った。オッちゃんが自分で自分の首切ったのも、しっかり撮った。……オッチャンの呼吸が止まって暫くしてから私(楓)が顔面エアガンで潰した。遺体破損の罪とかあるんかな? あっても14才やし、まけといて、って、お友達の刑事さんに、いうといて」
楓が早口で喋り終わると
姉妹は聖の前から消えた。
さよなら、の言葉も無く
勝手にドアを開け
……出て行ったようだ。
聖は、長い間、テーブルに置かれた
携帯電話を見つめていた。
(音符柄のカバーは色あせている)
これも目の前から消えてほしい。
さっさと薫に預けてしまおう。
くわん、わん。
シロがお腹を空かして帰ってきたみたい。
ドアを開けてやると腕の中に飛び込んできた。
柔らかい暖かい身体をしっかり抱く。
「くうん?(どうしたの)」
シロは聖の顔をぺろぺろ。
「シロ、めっちゃ怖いもの見たんだ」
<人殺し>より怖いモノを見たと
シロに報告したのだった。
最後まで読んで頂き有り難うございました。