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マユの怖い推理

「へえ、遺品整理屋のユニフォームを一本松椿と楓が着てたん?」

結月薫は、ことさら何でもない事のように、

誰にでも無く呟いた。

 

あの時、聖は姉妹が持ち込んだビーグル犬ばかりを見ていた。

 「桜木さんが言うのだから確かだよ。俺はちらっと見ただけ」

  答える声が上ずってしまう。


遺品整理屋、って孤独死の後片付けとか……。

いや、まさか、あの姉妹は関係ない、たまたまだと、

赤いジャージで走っていた姿が生々しく蘇る。

 

桜木と変わらぬ、もの凄い勢いで駆けていた。

 異様な光景だった。

 謎の姉妹だと思った。

 関わりたくない気配を感じた。

 

「女の子が遺品整理? 根性のある子やな。……ほんなら帰るわ。ごちそうさん」

 鈴子は本当に一杯だけで腰を上げた。

 シロから虎柄のコートを取り上げて

 出て行こうとしている。

当然、桜木は従う。


「ねえ、3人で林の中で走っていたよね?」

 聖は、桜木を呼び止めた。

 あの奇妙な光景は、何だったのか?

聞かずにはおれなかった。


「え? ……あ、そうでしたね。走って、ましたね」

「あれは、何してたの?」


「まあ、鬼ごっこ、でしょうか。自分は知らないルールでしたよ。鬼は、逃げる人の足跡を踏んで、追いかけるんです」


「ユウト、何や、それ?」

 ソファに座っていた薫が、

瞬間移動のように聖と桜木の側に。

 出現。


「たしか、雪が積もっていたんですよ。足跡がくっきり残るでしょ。それを踏まなきゃいけない……結構汗かきました」


 薫は桜木の腕を摘かんだ。

「姉妹が追いかける時は、ユウトの足跡を、踏んで、走ったん?」


「まあ、そうですね。ジャンケンで鬼を決めたから。……1時間くらい、やってたかなあ」

「1時間も、ユウトは相手してたんか?」


「自分もアリスも、走るのは好きですからね。変わった鬼ごっこは、面白かった」

 桜木は白い歯を見せ、微笑んだ。

そして先に出た鈴子の後を追った。 



「セイ、今の話、どう思う? 椿と楓は、悠斗の歩幅を習得できたんちゃうんか?

現場に残された犯人の足跡、長身の男2人の足跡を。

遺品整理屋に聞き込んで、姉妹がエアガン等を入手できたとなれば、……怪しいな。……灯台もと暗し、かもしれんで。

まさか女子大生と中学生があんな、えげつない殺しをやらかすとはな。

信じられへんけどな」


  薫は怖い目つきで酒を飲む。


  聖は、そんな筈は無い、と言いたかった。

  彼女たちには不可能だと証明できる材料を探す。

  だが、


 悠斗の歩幅で走る訓練をし、

 長身男の靴跡を捏造。

  見事な犬の棺桶をつくる技術で偽のナンバープレートを作れた。

  就眠中の家族を殺すのは

  家族内の犯行なら容易い。

 

「なんで、殺したんや、理由が無い、とも、思わないやろ?」

 薫は姉妹には動機があると言いたいのだ。


「本当の家族が死んで、他人達が家に棲みついた。……俺ならキツイかな。姉妹の気持ちは分からない」

「不仲やったらしいで」

「そうなの?」

 薫は和歌山署で何か聞いてるらしい。

「『見たくも無い、触れたくも無い、消えて欲しかった』と、楓が言うたんやて」

「……大胆な発言だね」

 見るのも触るのも嫌だから

 エアガンで顔を潰し、長い柄の凶器を使ったのか。


「正直な発言は、犯人で無いからやと思うやろ。犯人なら、あからさまに憎んでたとは言わん、と」

「そもそも無茶な同居だね。あ、椿ちゃんは京都に下宿してるのか」

「去年から大学の近くに住んでる。なあ、楓も家が嫌なら姉ちゃんとこに逃げたら、ええやんか」

「それは……犬が居たから、離れられなかったかも。ダディって名前の老犬……今は此処に居るけど」

「そおか。犬には情が濃いんか。優しい心があるのに、人殺し、したんかなあ」


「まだ分からないよ。姉妹の犯行の可能性が出てきた、けど確定じゃ無い。真実はまだ分からない」


「もちろん、そうやで。真実は分からずじまいかも知れんけど」

「どういうこと?」


「証拠も自白も無ければ、たとえ姉妹の犯行でも、迷宮入りやで」

「エアガンとかが証拠になるんじゃ無いの? ……遺品整理屋が証明すれば」

「遺品整理屋を経由して何者かの手に渡った、と分かるだけや」

 捜査は新たに遺品整理屋関係に拡大する。

 廃棄した、と記録されていれば

 ゴミの行方を追うのは難しい。


 鈴子が持って来た、モモンガの剥製も遺品リストには廃棄と記されているだろう。

 

「そうか。遺留品と接点があっても、参考人でアリバイ検証、までにはならないのか」

「楓の証言が重いねん。現場に居た家族、中学生の証言を狂言やと覆すには、証拠が必要や。背の高い、標準語で喋る男2人が押し入ったと言うてるねん。現場の痕跡と矛盾は無い」

 痕跡が捏造であった可能性が出てきても

 証明できなければ、憶測でしか無い。


「遺品整理屋の件は和歌山署に言うとくわ。現時点の捜査状況も詳細は知らんし、今後の展開はどうなるか、分からんな。姉妹の犯行であったなら、ほんまに怖いな。相当に用意周到、緻密な計算で捜査攪乱。まだ他にも何か細工しているかもしれん」

 ああ、こわ、


 と大げさに身を震わせ

 聖のグラスに酒を注いだ。

「うん。怖いな」

 聖は二度とあの姉妹に会いたくないと思った。

 若い娘の手に、<人殺しの徴>を見たくない。




「でも、『会いたい』ってお願いされたのね」

「そう。剥製が完成した報告と、家に送っていいかどうか、メールしたら椿から電話があった」

 椿は楓と2人で

 工房に取りに来ると、言った。


「会うしか無いじゃない」

 マユは、笑ってる。

 面白がってる?

 人ごとだと思って。


「セイ、逃げちゃ駄目よ。敵と対峙するべきよ」

「敵?」

「そうでしょ。危うく犯人にされるところだったのよ。もしアリバイがなかったらセイも桜木さんも重要参考人だったかも」

「……そうなの?」

「完璧なアリバイがでたから、証言をぼかしたんじゃないの? 

アリバイが無ければ『あの2人の声でした、間違い有りません』と断言するつもりだった」

「でも俺たちじゃ無いって調べれば分かるだろ」


「そうかしら。セイも桜木さんも山田不動産と関係がある。山田不動産を通じて遺品整理屋とも知り合えた。事件現場に残された(遺品の)エアガンと衣服を調達できた」

「げっ、そうなるのか。考えもしなかった」

「セイは殆ど家を空けないけど、それを証明できる人は居ない。中古の軽自動車一台誰かに借りたりしなかったと証明できない。車に乗っていた170センチ位の人物についても、今時SNSの闇バイトで雇えるでしょ。偽のナンバープレートも芸大出身の剥製屋なら作れそう。軽自動車は囮で、セイ達は山の中を歩いて一本松家に行けた。何より事件直前に姉妹と接触している。その時に問われるまま家族の話をしたの。辛い過去、働かないで、毎月遺産を引き出している義理父のことも」

「うわ。聞いてるうちに自分と桜木さんが犯人かも、って思っちゃったよ」


「そうでしょ。ビーグル犬を山田動物霊園に持ち込む前に殺人計画は練られていたかも」

「なるほど。真っ赤なジャージの2人が走るのを見た時に、俺は既に罠にかかっていたのか」


 マユの推理は恐ろしいが

 当たっているような気がする。

 しかし

 あの女子大生と中学生が、そんな、と

 未だに、姉妹犯人説を受け入れられない。


「セイ、女子だと思って、見くびってない?」

 セイの心を見透かしたように

 マユはきっぱり言った。


「敵は冷酷な人殺しよ。すでに5人殺してる。自分の命を守るための犯行かしら?

犠牲者は、彼女達にとって不快な存在、それだけで殺されたかも。まるで害獣みたいに。

殺人鬼ならば犯行を繰りかえすわよ。止められるのはセイだけ」

 

 マユの熱いまなざしに

 聖は、自分は逃げられないのだと、悟った。



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