赤いジャージの鈴子
「犯人は、持ち主の死後にエアガンとコートを手に入れた……それしか無いじゃん」
遺族がリサイクルショップに売ったかも知れない。
「セイ、ゴミ置き場から持っていった可能性もあるねんで」
「あ、それもあり得る。けど、やっぱホラーでもミステリーでも無いでしょ」
「俺は犯人が恐ろしい奴やと言いたかってん。あんな、死人が来ていたコートと分かれば公表して目撃情報を得ても意味がない。……それも計算尽くで、わざと現場に置いていきよった。捜査攪乱目的で。ミスリードやろ」
「コートと帽子、エアガン以外に手がかりは無いの?」
「現場は県道から山道を登って突き当たり、やねんけど。途中に建設会社の資材置き場があるねん。そこの防犯カメラに、犯行時間前後に行き来した一台の車が映ってた」
「それ、有力情報でしょ?」
「犯人の車に間違いないやろ。資材置き場の先には、あの家しかないんやから」
「ナンバープレート映ってた?」
「はっきり映ってた」
「じゃあ特定できる……あ、盗難車だったとか?」
「盗難車の方がまだましや。追える。あんな、『し-4242』やってん」
「なんだそれ、随分ふざけた番号」
「ふざけすぎやろ。『し』は有り得ないねん。使用できない文字やからな」
「そうなんだ。知らなかった。偽造、って事?」
「そうや。とってもよく出来た偽物で、一目で偽物と分かるナンバーやねん」
「それも捜査攪乱目的?」
「警察をおちょくってる、と思うやろ。車は黒っぽい車体の軽自動車。運転手もぼんやり映っている。ニット帽を被り、迷彩柄のコートや」
「犯人に間違い無いじゃない」
「ホラーなんがここからや。画像を解析したところ乗ってるのは一人、やってん。およそ身長170センチ。ところがや、犯人は男2人、やろ。ほんでもっと高身長や。
残された靴跡の歩幅から、180センチ前後の2人の男やねんで」
と、聖を指差す。
「あ、俺くらい、なんだ。……そっか。俺と桜木さんは、そこも犯人と一致したんだ」
「ホラーやろ。人間ちゃうかも。地獄から来よったんかも」
死んだ男の服を着て
不吉なナンバーの車で来て
1人が2人の大男に化けた?
「現場はスプラッターやったらしいで。エアガンで顔面ブツブツにした上に喉切りや。残虐極まりない」
「まずエアガンでショックを与えて、抵抗できない状態で確実に殺したんだ」
「女子供はそうや。けど男は、満は先に喉を切られ、絶命の後でエアガン撃たれてたらしいで。金が目的の殺しにしては、残虐すぎるやろ。なあホンマに地獄からやってきた殺人鬼かもしれんで……怖いなあ」
「うん……寒気してきた」
「しやろ。……飲んで温まろか」
薫は鞄から日本酒の瓶を取りだした。
その時
ばあん、と戸が開いた。
「ひい」
聖と薫は揃って変な声を出し、腰を浮かせた。
「えらい風強いで、外は」
聞き慣れた声と一緒に山田鈴子が入って来た。
「しゃ、社長、やんか。驚かせんといて下さい。寅が入って来たかと……」
薫が驚くのも無理は無い。
今夜の鈴子は
黄色と黒、虎柄フェイクファーのロングコート、だった。
聖は鈴子の奇抜な服より、胸に抱いているモモンガの剥製に目が行った。
「珍しいですね。ちょっと見せてくれます?」
さっそくモモンガに触りに行く。
「あ、やっぱりな。持って来て良かったわ。捨てる言うから兄ちゃんに、あげようと思てな、」
「こんな夜更けに持って来てくれたんですか」
木枯らしの中
吊り橋を渡ってきたんですか?
「いやな、事務所に寄って、歩いて来た」
「も、森の中を、歩いて来たんですか?」
風は強いが空は晴れている。
月明かりが積もった雪を白く浮き上がらせ
虎模様も浮き上がり、獣たちはどれほど怖かっただろう。
聖が(獣たちを思い)心配そうな顔をすると、
「うちは平気やで、桜木さんも心配やゆうて、付いてきてくれたけど」
桜木は外に居るらしい。
鈴子はモモンガを手渡す為だけに来たのだろう。
「社長、ちょっと飲んで行きましょうよ。悠斗も呼んで。顔みたいやん」
薫の誘いに
「ほんなら一杯だけな。沢田さん(運転手)待たせてるからな」
鈴子は悠斗を中に呼び入れた。
「じゃあ、一杯だけ。アリスを待たせているんで……へえ、あんパンに日本酒ですか」
と不思議そうに悠斗が言った。
聖は慌てて上等のワインを取りに行く。
スモークサーモンとチーズも。
鈴子はシロが虎柄コートにじゃれつくので
「気になるんか。ちょっと貸したるわ。遊んどき」
脱いで、ぽんと床に投げてやる。
「うわ。今夜の社長は、超意外なコスチュームやんか」
薫が手を叩く。
コートを脱ぐと
鈴子は赤いジャージ、だった。
「あ、赤いジャージ、じゃん」
聖は、椿と薫が来ていたジャージと似ていると思った。
それで、
「社長、それ流行ってるんですか?」
と聞いた。
鈴子は、(違うと)首を横に。
「これはユニフォームやで。仕事を頼んでいる遺品整理屋の。
スタッフが2人急病で抜けると聞いて、ウチが穴埋めに入ったんやで。
うちが受けたお客さんやしな。そこにモモンガが、」
「遺品整理屋のユニフォームですか。女子大生が似たようなのを着ていたので、てっきり流行ってるのかと……」
聖は同意を求めるように桜木を見た。
桜木は頷いた。
「セイさん、全く同じデザインだと。胸に金色でTAAC。一本松椿さんと楓さんが着ていたのと同じですよ」